誰もが期待を持てるまちづくりを 東京都市大学准教授/都市デザイナー 中島伸さん

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2024年3月に策定された「渋谷計画2040ーまちづかい戦略ー」。街の使い手という視点から“成熟した国際都市”としての2040年の渋谷を描いた経済開発戦略です。今回はその策定を務めた東京都市大学准教授 中島伸さんに、自身の考えるまちづくりやこれからの渋谷について伺いました。

『東京ってどんな街なんだ』

高円寺など中央線沿線の活気あふれる街で生まれ育った中島先生。高校卒業後は一人親元を離れ、筑波大学に進学しました。

「東京から離れたいという思いがあり、実家から通えない筑波大学を選びました。音楽に打ち込み、バイトをして。日付が変わる頃には大学に行って、図面を描き、模型を作る。仲間と安アパートに住みこみながら、そんな4年間を送りました」

大学では都市計画を専攻。都市計画の道に進んだ背景には、父の影響があったといいます。

「父は建築家で、建築設計を生業にしていたんです。なので休日は現場視察に付き合わされたり、家に帰ると模型が置いてあったり。そんな環境にいるうちに建築を、その中でもより大きなスケールのものを扱いたいと感じ、都市計画に興味を持ちました」

大学を卒業後、大学院に進学にすると同時に1年間の休学という選択をします。アルバイトで資金を貯め、アジアの国々を放浪する旅に出ました。

「実は当時、飛行機に乗ったことがなかったんです。22歳にして、当然海外に行ったこともない。それがコンプレックスで、誰もしたことのない経験で一発逆転しようと思い立ちました。人生を変えるような体験をして、日本に戻ってくることもないかもしれない。そんな覚悟で、片道切符を握り締めインドシナ半島に旅立ちました」

「道中、いろんな人に尋ねられるんです。『東京ってどんな街なんだ、日本人ってどんな人たちなんだ』って。拙い英語で答える中で、自分自身が意外に東京のことを答えられないということに気づきました。なにか新しい景色を見ようと旅に出たんだけど、別に地球ってどこまで行っても変わらないんですよ。インドの砂漠の奥地で1人毛布にくるまり見た星空、それが筑波のそれと変わらないと感じてしまった時、僕は旅の最終目的地を日本に決めました」

▲学生時代 研究室のメンバーと

面白いと思うことを突き詰めたい

旅を通じ、再び東京の街へ目が向いたと語る中島先生。帰国後は同大学院の修士課程、そして博士課程で東京大学大学院へと進み、研究を続けました。

「修士1年の時、ブータンの海外プロジェクトに参加しました。歴史的な建造物を調査し、保全に繋げるというミッションで、外国からやってきたあたりがまるで明治時代のお雇い外国人のような仕事だったんです。そこで初めて、自分の学んだことがささやかながらも価値につながるということを実感できた気がします」

「帰国後、就職という選択肢も考え、就活サイトの登録をしてみたんです。だけど直後に届いた30件のメールを見た時、これは自分のやりたいことじゃないと直感しました。その場でメールを削除して、サイトの登録を解除して。まだ学生として、面白いと思うことを突き詰めてみようと決意しました」

修了後も研究活動を続け、現在は東京都市大学で准教授を務める中島先生。都市をどうデザインし、その都市でどう生きるかということをテーマに、さまざまな実践型研究プロジェクトを行っています。

「僕は学生と一緒にやるということを一番大事にしています。もちろん学生に教えることはあるけど、それは年長者だから教えるというだけ。誰にでも伝えたいことはあって、一緒に取り組みながらそれをシェアしている感じですね」

▲東京・神田で行う路上実験イベント「なんだかんだ

誰もが期待を持てる街

▲7月に行われた第6回渋谷都市シンポジウムでの写真

渋谷再開発協会『渋谷計画2040エリアビジョン委員会』の委員長を務めるなど現在は渋谷のまちづくりにも深く関わる中島先生。年を経るごとに渋谷との関わり方は変わってきたといいます。

「学生時代はCDショップを巡ったり、ライブに行ったり。渋谷にはよく行っていたけど、渋谷の街に遊びに行くというよりは、その場所へ向かう時に通る街という感じでしたね」

「大企業の力が強く、そのすき間で若いクリエイターがバラバラに面白いことをやっている。これが以前の渋谷に対するイメージでした。でも実際に関わってみると、大輔さん(渋谷新聞代表 鈴木大輔)や大西さん(アドバイザー 大西陽介)のような『街の人』が常に渋谷の街のことを考えている。彼らの思いを知った時、すごくワクワクしましたね。もっとスマートに回っている街だと思っていたのが、実際はすごく泥臭くて。それこそ僕の生まれ育った高円寺のように、人の熱気あふれる部分を知って、また好きになっちゃった感じです」

毎日、日本中・世界中から多くの人が訪れる渋谷。一方で、渋谷という街に関心のある人は決して多くないのではないか、そんな個人的な悩みを先生にぶつけてみました。

「そう感じてしまうのは、濃度の問題かなと思います。スクランブル交差点は、1日30万人もの人が行き交います。もしかしたら、そのうち29万人は渋谷の街への関心はあまりないかもしれない。僕自身も、渋谷で遊んでいるのに自分とは関係ないと思っていた部分がありました。でも、確実に街に対して思いを持っている人はいるんです。もしそれが1万人だとしても、その1万人が動けばすごいことができます。例えば、109の前を封鎖してお祭りをするなんて、最高にエキサイティングなことじゃないですか。たまたま渋谷を訪れてあれを見た人はびっくりするだろうし、それが街へ関心を持つきっかけになるかもしれない。街に期待を持てて、それを実現できる土壌がある。それが今の渋谷の街の魅力だと思います」

「期待を持てる街というのは僕が大事にしているテーマの一つです。誰かに出会えるかもしれない。何か面白いことがあるかもしれない。そんな期待を持てる街にするためには空間の能動性が重要だと考えています。例えばベンチ。いつもは通り過ぎてしまうような場所にベンチがあるだけで、少しその場所と関わるきっかけが生まれます。そしてベンチは誰のものでもないけど、お気に入りのベンチができたらそれはその人にとっての特別な場所になります。そうやって街の質を高めることが、一人ひとりが期待を持てるまちづくりに繋がると思います」

▲SHIBUYA109前で行われた渋谷盆踊り2024の様子

まちづくりはじゃんけん

まちづくりにおける住民・企業・行政という3つのプレイヤー。学校という視点から見たそれぞれの関係性について伺いました。

「街にはいろんな思いを持つ人がいて、それぞれの目線から正しいと思うまちづくりをしています。でも時にそれぞれの正しさをうまく統合できず、分断が生まれてしまうこともある。例えば、分かりやすくパワーを持つ行政機関や大企業は往々にして目の敵にされがちですよね。やっぱり大事なのは対話です。たとえやっていることはバラバラでも、同じビジョンを共有することができれば、三者のパワーをよりポジティブな方向に転換できます」

「僕、まちづくりはじゃんけんだと思っていて。3人でグー・チョキ・パーを出したとき、誰かが最強のパーで勝ち続けちゃうと、なんだよとなっちゃうじゃないですか。でもあいこが続くと、ワーって盛り上がる。まちづくりも同じで、住民・企業・行政の三者には強みもあれば弱みもある。うまく均衡状態を保って、お互いを補完しあえる状態が良いまちづくりだと思っています。その中で学校は、まちづくりにおける直接のステークホルダーではない。だからこそ客観的な視点でそれぞれの意見を集約し、代弁するということを大事にしています」

最後にまちづくりを学ぶ一人の学生として、僕たち若い世代へ向けたメッセージをいただきました。

「楽しいという気持ちをとにかく大事にしてほしいと思います。もちろん理論や事例を学ぶことは大事です。でも正しさや効率を求めすぎて、それ自体が目的になってしまうとなかなかうまくいきません。自分はこんなに正しいことをしようとしているのに、なんで誰もわかってくれないんだ! となってしまったら最後、もう誰も話を聞いてくれないですよね。まちづくりは、街を良くしたいという思いからくる、本来はめちゃくちゃポジティブな話のはずです。そんな良いマインドを若い時から持っているからこそ、正義感に食い潰されず、みんなが楽しく暮らせる街を作るにはどうしたらいいか考えて続けてほしいです」

ーー取材を終えて
「街はこうあるべき」「渋谷は魅力がなくなった」。そんな言説が飛び交う昨今だからこそ、一人ひとりの気持ちに立ち返ったまちづくりというテーマは胸に響くものがありました。街のさまざまな人の声を聞き、それを届けるという渋谷新聞の活動も、より一層大事にしていきたいと思います。

◾︎中島伸さん プロフィール
東京都市大学都市生活学部・同大学院環境情報学研究科准教授/都市デザイナー
渋谷再開発協会渋谷計画2040エリアビジョン委員会委員長、アーバンデザインセンター坂井副センター長、千代田区神田警察通り沿道整備推進協議会神田警察通り周辺まちづくり検討部会長、東京文化資源会議トーキョートラムタウン構想座長などを兼任。
1980年東京都中野区生まれ/2013年東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻修了、博士(工学)/専門:都市デザイン、都市計画史、公民学連携のまちづくり/(公財)練馬区環境まちづくり公社練馬まちづくりセンター専門研究員、東京大学工学系研究科都市工学専攻助教、東京都市大学都市生活学部専任講師を経て、2020年より現職
受賞歴:日本都市計画学会論文奨励賞、日本不動産学会湯浅賞(研究奨励賞)博士論文部門受賞
著書:『時間の中のまちづくり 歴史的な環境の意味を問い直す』(鹿島出版会・2019)『図説都市空間の構想力』(学芸出版社・2015)ほか

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