2023年6月16日、長期休館となった「Bunkamura ル・シネマ」にかわって新たにミニシアター「Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下」がオープンした。
今回はこの映画館で1989年のオープン当初からプログラミングプロデューサーを務めている中村由紀子さんに映画や映画館への想いを伺った。
中村さんのことを初めて知ったのはWeb版『太陽』のインタビュー記事だった。まだボクが渋谷新聞に関わる前、2022年末だと思う。実はその時、記事を読み「オープン時から映画に関り続けているってどんな方だろう」と思った。半年後、まさか自分が取材で実際にお会いできるとはその時考えもしなかった。
7月19日、ル・シネマ渋谷宮下で取材が行われた。渋谷駅前ということもあり映画館の入っているビル周辺はとても賑やかだ。宮益坂のビックカメラの上、7階と9階にル・シネマ渋谷宮下がある。
エレベーターを降りると、上品で落ち着きがあり洗練された雰囲気に包まれる。ちょっとだけ大人になったような、そんな空間が広がっていたーー
映画へのエネルギー、渋谷に流れるエネルギー
「プログラミングプロデューサー」横文字にしてみるとかっこいい肩書ですよね(笑)。まぁ日本語にすると番組編成の事です。ル・シネマの場合は2スクリーンあります。そのスクリーンで上映する映画を選ぶのが私の仕事です。
今までどれくらいの作品に関わったんでしょう。1989年のオープンから編成を担当しているから400〜500本くらいでしょうか。私、自分で数えたことがないんですよ。8年ほど前までは私一人で編成を担当していたんです。でも今は同僚と上映する作品を選んでいます。1年間でプライベートの時間も含めると映画は200本くらい……もしかしたらもっと観てるかもしれないですね。「カンヌ国際映画祭」のような映画祭に行くと一日5本ほど観ます。ほんと、映画漬けですよね。
渋谷に通うようになったのはBunkamuraに入社してからです。よく渋谷という街について記者の方々から聞かれます。ずっと思っていることはやっぱり「新しいものを生み出す街」なんじゃないかなって思っています。まぁカルチャーの街なんてよく言われたりしますけどね。ビルの隙間というか谷間というか、この渋谷という空間にそういったエネルギーみたいなものが流れていると感じます。なぜでしょうねぇ、道、ストリートですかね。でも、もしかしたら狭いから人が集まってくるんじゃないですか。こう、喫茶店とか入っても奥の方の誰からも見えないような所に座りたくなる? そういった感覚じゃないでしょうか。
入社はオープンと同じ時期なので1989年の4月だったと思います。オープンがその年の9月でした。実はあんまり詳しいことを覚えてないんですよ。なにせバタバタでしたから。オープニングの2作品を入社から半年で決めないといけなかったんです。半年で上映作品を決めるなんて今じゃできないですよ。手続きとかが煩雑になりましたから。
Bunkamuraに入る前には日本へラルド映画(現KADOKAWA)っていう配給会社の子会社で映画のサウンドトラックの版権を管理していました。私の場合は映画や映像を大学で学んだ訳ではないんです。ずっとアルバイトずくめの学生時代でした。でも、そこで映画との係わりを探し出したんです。映画好きが高じてこの世界に入ってきたんですね。
映画は人間を成長させてくれるものだと信じてる
とにかく映画が好きなんです。今でも友人と休日に映画を観に行って感想を語りあったりします。アート系の映画しか観ていないと思われるかもしれませんけど、スラムダンクの様なアニメ映画等もプライベートの時間に観ているんですよ。仕事で映画を観るときは「この映画の何をお客様に伝えたいか」と考えながら観ています。反対にプライベートの時は完全に「素」ですね。ウディ・アレン監督の『カイロの紫のバラ』なんて本当にスクリーンに入り込んじゃうお話ですけどね。私も「素」の状態で映画の世界に入り込むっていう感覚です。そうすることで新たな世界が新たな視点で見えてくるんです。
映画は「時代を映す鏡」という捉え方があります。一つの時代を生きている映画のクリエーターさん、そして作家さんは「自分が考えていることをどう伝えるか」っていう想いで映画をつくるじゃないですか。だからまさに映画って「その時代」を反映しているものだと思うんです。
今はSNSなどを通して容易に世界の様子を知ることはできるけれども、私はそれって表面的なものだと感じています。「じゃあ、その背景には何があるんだろう?どんな想いがあるんだろう?」といったことを伝えられるのが映画だと思っています。だから映画を通してあらゆる世界を知っていただきたい。
別に難しいこと、シリアスなことだけじゃないんです。楽しいことも美しいことも……ねっ?
だから映画って、観る人の心を豊かにしてくれるものじゃないでしょうか。まぁ映画だけじゃなくて、お芝居、絵画、音楽とか全てに言えることですね。でも、映画は特に人生を豊かにしてくれるんです。こう、作品から「何かを感じとる心」っていうんでしょうか。その心で映画を観ることで、視野を広げ、人間を成長させてくれるものだと信じています。映画を細かく分析なさる方もいらっしゃいますね。私はそういうタイプではなく、全くしないです。もうただただ映画と共に新しい発見ができることを楽しんでいます。その気持ちは幼い頃から変わっていません。
ただただ映画を楽しむ。その気持ちは幼い頃から変わらない
幼い頃から映画を観ていました。小学生の頃だったかな、学校から帰ってきて民放の映画チャンネルを観るのが好きでした。おませさんだったんですかね (笑) 。そこでさまざまな映画たちと出会いました。『草原の輝き』とかギャング映画とか『カサブランカ』みたいな名作映画ですね。そうやってテレビで映画を観ていると、不思議なことに映画館に行って映画を観たくなるんですよね。だから映画雑誌とか買ってよく読んでました。『ぴあ』とか、『シティーロード』っていうエンタメ情報雑誌です。そういった雑誌を読んでいて「絶対これ観たい」って思ったのが『小さな恋のメロディ』です。私この映画にときめいちゃって(笑)中学校の頃、内緒で友人と映画館に行って観ました。当時は子どもだけで映画館に行っちゃいけないって言われてたんです。だから内緒でした。あと『ロミオとジュリエット』とかも観ましたね。でね、その年頃の女の子って感受性が強いですよね。一回映画を観ると不思議なことに頭から離れないんです。好きな映画俳優のポスターを部屋に貼ったりもしました。その頃からですね。映画館で映画を観るようになったのは。
当時はまだ入れ替え制じゃなくて、一回入ると朝から晩まで観られるなんて映画館もたくさんありました。学生時代は名画座にもよく行ってましたね。
昔はね、今みたいにネットでチケットの予約ができなかったから、映画情報誌を買ってどこで上映しているか調べるんです。そこで気になる映画を見つけたら休日ウキウキしながら映画館に行くんですけど、運が悪いと満席で観られないときもあります。そうすると意地でも狙った映画を観たいって思うんですね。だから次の回まで4時間くらい待つなんてこともありました。
お客様に届けたい作品、ル・シネマから届けたい作品
映画館ってやっぱり私の”特別な場所”です。私にはお話ししたような映画館で過ごした時間や思い出があるからでしょうか。小さい頃から変わらないんです。映画館に行って映画を観るということは、どこか違う世界へ連れて行ってくれる、今でも夢のような体験です。私だけの特別な箱、マジックボックス。こう、見ず知らずの人たちとその同じ箱のなかにいるときは想いを共有できる。だから今でも私は映画館で観るのが好きです。「ル・シネマ」を訪れる人にも同じ体験をしていただきたいですね。
「ル・シネマ」ってフランス語ですけど、フランスやヨーロッパに限った作品を上映しているわけではないんです。視野をさまざまな世界に向けて、お客様に映画を通してあらゆる事、今の空気感を感じとっていただきたいと思っています。上映作品を選ぶとき、やっぱり一番考えていることは「この作品をお客様に届けたいか」そして「ル・シネマから届けたいか」ってことですね。お客様のターゲットはあえて決めていないです。性別や年齢に関係なくすべてのお客様に観てていただきたい。だから今回の引っ越しに際してこの映画館を「Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下」と名付けました。特に、お隣には若い方が集まるMIYASHITA PARKがあります。これを機に「ル・シネマ」の事を知らなかった方々にも知っていただきたいです。「新しいものを生み出す街」渋谷でそのお手伝いをしたいと考えています。そのためには私も「何かを感じとる心」を磨き続けなければいけないですね。
(2023年7月19日)
インタビューを終えて
最近ボクは幸運なことに素敵な大人たちとお話できる機会が多い。その全員に共通することは子どものように貪欲な好奇心をもっていることだ。例えば、子どもたちは「これなに?」と自分がまだ知らないあらゆるものに対して好奇心をもつ。それが歳を重ねるごとにだんだんとその好奇心の対象を必然的に狭める必要が出てくる。そして社会にでるころまでには専門という自分の世界を創りあげるのではないか。しかしボクが知っている素敵な大人たちは、まだ出会ったことのない世界全てに子どものようなキラキラとした興味の目を向ける。
今ボクと同じ世代の人は専門性を深める段階に入ってきた。そんな中で新しい視点や発想を吹き込んでくれるものの一つは映画なんじゃないかな、と今回のお話の中で感じた。きっと中村さんにとっても映画ってそういう存在なのだろう。映画という専門の中で、中村さんの心に新しい風を送り込んでいるのは、これもまた映画なのかもしれない。今回のインタビューの最後で「私も『何かを感じとる心』を磨き続けなければいけない」と言っていた。これはボクたちにも言えることだ。そうすればいつかボクが出会った素敵な大人たちに近づけるのかもしれない。中村由紀子さんのような。
◾️中村由紀子 略歴
日本ヘラルド映画(現・KADOKAWA)を経て、1989年株式会社東急文化村へ入社。Bunkamura開館当初からル・シネマの番組編成を担当。
Bunkamuraホームページ
ル・シネマ渋谷宮下