渋谷の駅から道玄坂を上がった中程にある百軒店。ディープなお店が多い印象で渋谷のアンダーグラウンド的なエリアともいえますが、かつては渋谷の中心地、いや、始まりだったともいえるところなんです。
関東大震災後、まだ郊外の片田舎のような渋谷に、被災した下町の名店が誘致されて劇場や映画館、楽器店や化粧品店などが集って渋谷の中心地として栄えました。その後、東京大空襲により甚大な被害を受けますが、喫茶店、バーや飲み屋、大衆食堂などが集まる大人の繁華街として新たに発展しました。
そんな百軒店に、1977年の創業以来多くの人で賑わう名店「とりかつ チキン」があります。今回はとりかつチキン二代目店主の関口充さんにお話を聞いていきます。(インタビューは2022年8月に実施)。
スペイン坂でキャッチボールをした幼少期
「僕はもともと生まれも育ちも百軒店、この店の場所が家だったんです。母はこの場所で終戦後から商売をやっていて、その後しばらく人に貸したりもしていたのですが、1977年にとりかつの店を始めました。当時の鶏をフライにしたものはペラペラな硬いチキンカツというものはありましたが、うちのような肉厚なフワっとした鶏のフライはなかったと思います。1981年にビルに建て替えて、今のこの場所のお店になりました」
そう話すのは、とりかつチキン二代目店主の関口充さん。一見すると「名店のこだわり頑固店主」にも見えますが、話すと気さくなユーモアに溢れた人柄で、不在時は常連さんから今日おじさんいないの?と声を掛けられる理由がわかります。
「同級生の家があって、子供の頃はスペイン坂でよくキャッチボールをしました。人も車も全然通らなくて、今では考えられないと思いますが(笑)。渋谷は繁華街なのに、幼馴染が割合多くて商店街や町会の会合で一緒になります。渋谷は古くからの方も多いし、今は商売をやめてしまっていてもビルのオーナーとして残っている人もいます。今もフラっと寄ってくれる友達、同級生もいますね」
「ちゃんとしてない」良さってある
2021年には某グルメサイトで名百軒に選ばれたり、多くのグルメブロガーにも紹介されている「とりかつチキン」。浮き沈みの激しい飲食業界でこれだけの長い間、多くの人に支持される秘訣はなんなのか、聞いてみました。
「長年やっていて“大切だな”と“大変だな”と思うことは、変えないこと、変わらないことです。うちは鶏肉も油もパン粉も開店当時から仕入れ先を変えていません。それと、お店の雰囲気も…昭和レトロで不便かもしれないですけど長年このスタイルでやってますから、そういったところはわかって欲しいなと言う気持ちはあります……ネット上にはたくさんのグルメサイトがあって、うちもいろいろな書き込みがありました。“とりかつはおいしいけど夜やっている親父はやる気がない”とか、土曜日休みだった頃“いつ行ってもやってない“とか書かれちゃったこともありますね(笑)」
「さすがに最近ちょっとお店古くなったなと思いますが、新しく改装したり、直したり改善したり、わかっていても“あえて”しないという選択も理解してほしいなと思います。全部良くなって変わってしまったら今の感じ、“雰囲気というかあじのようなもの”が無くなってしまうとは思いませんか?綺麗な最新設備ではないですが、そんなウチでよかったらいつでもお越しくださいって思ってます」
確かに、店内を見渡すとお母さんが書いたメニューがそのまま使われていたり、カウンター席から眺めるテレビは小さなブラウン管式だったり、昭和にタイムスリップしたようなカウンターチェアだったりと昭和レトロ満載です。
駅ナカも商店街も、みんなで渋谷を作る
渋谷の地で飲食店を続ける関口さんに「渋谷」について聞いてみました。
「渋谷って“渋谷”にくる人が街をつくってると思うんです。他とは違う明るい雰囲気とかいろいろ、そういうのって来る人がつくっているんだろうって感じますね。下町でもないし、超高級でもないし東京のどの街とも違います。やっぱり渋谷に来る渋谷が好きな人がつくってると僕は思います」
「大手がマーケティングと自分たちの都合でつくる街って、駅ナカ駅チカ駅ビルで完結させようとしてるように感じます。確かに便利なんだろうけど、そこから人がはみ出さないと街は育たないです。駅の中で済ませるならどこも同じになってしまう。駅の中だけでは渋谷の魅力はつくれないんです。駅を出て百軒店に行く、センター街に行く、中央街に行く、などなど、そして駅に戻る。こういう人の行動が渋谷の街の魅力をつくるのだと思います」
渋谷を知り尽くした関口さんだからこそのご意見に、一同うなずいてばかりのお話でした。お話の後はなんだかお腹が空いて、みんなで定番の人気定食と自家製の鶏引き肉のメンチカツ、旬のナスのフライなどをいただいて帰ることに。その味は渋谷新聞代表鈴木も、思わず“おいしぃ~”と言ってしまうほど。「おいしい」の言葉がの原動力となって、これからも変わらぬ姿で続いていく渋谷の味「とりかつチキン」でした。