この映画をキッカケに話し合う場を作って欲しい 映画監督エイドリアン・フランシスさん

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1945年3月10日。ここ東京で悽惨な出来事があったことを知らないで今を生きる日本人は多い。その出来事というのが「東京大空襲」である。

現代ではほとんど語られなくなったこの出来事を題材にしたドキュメンタリー映画『ペーパーシティ』が、2023年2月25日から渋谷にあるシアター・イメージフォーラムで上映されている。映画を監督したのは日本人ではない。遠く離れたオーストラリアから来日したエイドリアン・フランシスさんだ。

彼が初めて日本の地を踏んだのはもう15年以上前になる。そんな彼がどんな経緯で、何を思って今回の『ペーパーシティ』を作ることになったのか?
その背景と彼が歩んできた人生、そしてこの映画にかけた思いを伺ってきた。

フランシスさんにお会いするのは今回が二回目だった。前回お会いした際におすすめされた映画『2001年宇宙の旅』を観た感想などを語り合う。そんなゆったりとした雰囲気でこのインタヴューは始まった――

映画と恋に落ちたのは大学の頃

僕が本格的に映画を好きになったのは18か19の頃かな?妹とミニシアターに行ったときですね。そこで観た映画のタイトルはもう思い出せない。けど、ヨーロッパ……たぶんフランスのミニシアター系映画です。それ以外にも様々な国の作品が上映されていました。

映画には幾つもの革命的な運動があったんですよ。イタリアの「ネオレアリズモ」とフランスの「シネマ・ヴェリテ」を発端に「フリーシネマ」「ヌーヴェルヴァーグ」他にも「ニュー・ジャーマン・シネマ」「アメリカン・ニューシネマ」といったものが生まれました。いわゆる「古き良きハリウッドの娯楽映画」とは異なるものです。まるでドキュメンタリーを見ているかのような映画の作り、それがもつ芸術性に惹かれたんです。
もちろんそれまでも映画は観ていましたよ。でもハリウッド映画みたいな商業的な流行にのった映画ばかりでした。もちろんそういうのも好きです。

でもあの日、あの映画館で観た映画に衝撃を受けたんです。

その後はリベラルアーツ系の大学に進学して、選択科目で映像制作を学びました。多くの人がそうであるように僕の人生の転換点の一つもこの頃、大学で起こります。選択科目のクラスでインタヴュービデオを制作することになって、撮影までしたんです。それで撮れたものがものすごくつまらなかった。だから自分なりにアレンジしました。ふざけたジョークの字幕とかで(笑) これが大当たり! クラスメイト全員大爆笑でした。この瞬間がなければ今映画を作っていなかったかもしれないです。

 

1990年代のオーストラリアではテレビの深夜帯に古いモノクロ映画がたくさん放送されていたんです。そこでデイヴィッド・リンチの『イレイザーヘッド』だったり『エレファント・マン』を観ました。
あと印象に残っている作品はやっぱり『2001年宇宙の旅』。終わりの40分くらいが圧巻ですよね。あの映画は、人間よりもAIの方がより感情をもっていると思います。本当に言葉が少ないですよ。そういった作品で観客の感情を突き動かす映像編集の技術とそれを支える音楽は素晴らしいですね。

シドニーで出会った彼氏と日本に来ました

大学卒業後はとにかくオーストラリアから抜け出したかったんです。オーストラリアにも、日本と同じ島国フィーリングが漂っていて、僕はそれが好きではありませんでした。

日本に来るキッカケになったのはシドニーで出会った日本人の彼氏です。出会って3ヶ月で同棲を始めて、彼のビザが切れるタイミングで二人で日本に来ました。2000年くらいからその彼とは11年も続いていました。

日本に来てから何年かは英語の先生のような仕事をしていたんです。ただ20代も終りに近いある日、ふと自分の人生を振り返ったときに「人生の儚さ」というものを突きつけられた気がした。それで映画のことを学び直したいと思い、メルボルンの大学院に行くことにしました。ええ、もちろん彼も一緒についてきてくれましたよ。

僕にとって様々な変化があった1年

2010年は僕にとって重大な変化が立て続けに起こった年です。父がガンで亡くなった年。11年間付き合った彼氏と別れた年。そしてベルリン国際映画祭に参加した年。この映画祭ではタレントキャンパスという若手映画関係者のスキル向上などを目的として開催されるワークショップに出席し、そこでアイデアを得ました。それからです。『ペーパーシティ』の構想を練り上げることができたのは。「戦争体験者」という人々にフォーカスしようと決意しました。
戦争の話になるとどうしても原爆の印象が強いですよね。しかし日本全国で爆撃がありました。世間がその存在を知り、向き合うことができていなかっただけです。

日本における戦争の話を初めて知ったのは映画『The Fog of War: Eleven Lessons from the Life of Robert S.McNamara』。それから日本の友人と東京大空襲の話をしてもほとんどの反応が「そんなこともあったらしいね」程度。たしかに大抵の場合、日本で語られる戦争のイメージは真珠湾、広島そして長崎の原爆ですよね。でも本当はそれだけじゃなかった。これは僕にとってとてもショックな出来事でした。というのも以前訪れたドイツでは、若者も第2次世界大戦中に自分たちの国が行ったことを受け止めて、どこかで心苦しく思っています。一方で日本の授業では戦争自体が大きく取り扱われていません。

だから、「平和というものについて問題提起をするような作品を、被害者の方々が生きている間に作らなければ」と思うようになりました。

 

実は僕にも「戦争体験者」の方々のように見て見ぬふりをされてきた過去があります。
僕の場合はLGBTQ+の当事者として。高校時代の学校生活はクローゼットの中の人でした。80年代はエイズが発見された時代で、HIV感染者だけではなく同性愛者への偏見も激しかった。周りでカミングアウトをしていた人は誰もいません。もっとも、できるような時代じゃありませんでした。

そういった僕の中にある色々な思いが繋がって撮影を始めたのが今回の『ペーパーシティ』です。

数少ない“アングラ・サブカル”のフィーリングを感じる場所

『ペーパーシティ』がシアター・イメージフォーラムで上映されるまで2週間を切りましたね。じつは僕、渋谷区民なんですよ。僕にとって渋谷は特別な場所です。日本に初めてきたときからその思いは変わりません。スクランブル交差点に素敵なファッション。そして忘れてはいけないのが、渋谷が70年代頃からアンダーグラウンド・サブカルチャーの発信地であり続けていることです。今は商業的な施設が多く立ち並ぶ渋谷ですが、そんな中でもシアター・イメージフォーラムを始めとしたミニシアターが数多くありますね。
渋谷は東京の中でとくに重要なミニシアターの聖地だと思います。今では数少ない“アングラ”のフィーリングを感じる場所です。ここでしか公開していない映画を観るためによく通っていますよ。

 

あぁ、Bunkamuraル・シネマもミニシアターですよ。『Father』を観てきたんですか?あれは素晴らしい映画ですね。僕はNetflixでみたけど、ル・シネマでも上映していたんですか。アンソニー・ホプキンスとオリヴィア・コールマンの演技がよかった。でもやっぱり編集の技術が素晴らしかったです。

僕も映像編集には一番力を入れています。ドキュメンタリーでは出演者の言葉を同じ意味のまま、できるだけコンパクトな文章で観客に伝えられるように意識しています。少ない言葉で相手に伝えられたほうが観客に考える余裕を与えることができる。でも言葉を削りすぎるとシンプルになりすぎてしまう。そこの駆け引きにいつも気をつけています。これってライターの仕事でも同じことがいえますよね?

今年も“3月10日”はやってくる

決まってインタヴューを受けるときに聞かれるのが「次はどんな映画をつくりたいですか?」です。まだそんなのわかりません(笑)でもモノクロ映画が大好きだからいつか作りたいです。モノクロの魅力は、色がないことでより一層観客の感じ方に含みを持たせることができるところですね。『ペーパーシティ』をモノクロで作ろうか迷ったけれど、制作チームで議論を重ねた結果、カラーで作るべきだと感じるようになりました。でも新規公開しているモノクロ映画をほとんど全て見るくらい僕はモノクロ映画が大好きです。だから、必ず挑戦します。

次の3月10日で東京大空襲から78年を迎えます。当時を知っているのは君のおじいちゃんおばあちゃん世代の人たちかな? だから、確実にこの先はこういった話を聞くことが少なくなってくると思います。毎年この3月10日という日を忘れてはいけない。“その日”にだけメディアへの掲載があり、残りの364日はほとんど話されることがありません。

戦争というものをタブー視せず、この映画をキッカケにみんなが見て見ぬふりをしてきたものと向き合い話し合う機会を持てるようにして欲しいです。

 

(2023年2月13日インタヴュアー:伊藤ノリコ・砂川颯一郎)

「ペーパーシティ」 東京大空襲の記憶(予告編 ) from Featherfilms on Vimeo.

 

インタヴューを終えて

この文章、僕の感性で日本語に訳して良いのか本当に悩んだ。2時間に及んだ英語でのインタヴュー、初めは第三者が語るような文章を書いていた。しかし、すぐにフランシスさんの持つユーモアを隠していることに気がついた。そこでフランシスさんのメッセージが引き立つ語りの文章にまとめる決心をした。好きな映画やまだ観た事がない映画について、フランシスさんに聞いたり話したりできた時間は本当に楽しかった。

さて、一足先に筆者はこの『ペーパーシティ』を観てきた。「戦争体験者」の表情を映す一つ一つのシーンにフランシスさんの強いこだわりが感じられる作品だ。フランシスさんは「すべての世代がこの映画と向き合ってもらいたい」と語っていた。

 

私は昨年カナダへ留学していた際にウクライナ人の友人ができた。この記事を編集している2月24日で侵攻から1年が経つ。あの日彼は、学校でウクライナにのこしてきた親族や友人とビデオ通話をしていた。その日の夜、私は両親とのビデオ通話で「どう彼と接すればいいのか?」ということを一緒になって考えた。そう考えるうちに、自分が戦争を前にしていかに無力であるかを実感した。結局、彼と落ち着いて話すことができたのはそれから1週間後だった。

SNSの普及やマスク着用により相手の表情を見ながら話せない今だからこそ対話が必要だと思う。この映画をキッカケに親子・友人など同じ人間として「見て見ぬふりをしてきたものとを向き合い、語り合う場」を設けてほしい。

 

◾️エイドリアン・フランシス 略歴

オーストラリア・アデレード生まれ。メルボルン大学、ドキュメンタリー映画専攻を卒業。15年前から東京を拠点に活動。
プロデューサーのメラニー・ブラントと共同で監督した、移民の清掃員を題材にした短編ドキュメンタリー『Lessons from the Night』はサンダンス映画祭でプレミア上映され、多くの国際映画祭で上映された。
2010年、ベルリン国際映画祭のタレントキャンパスに招待されたことをきっかけに初の長編作品『ペーパーシティ』を監督。この映画は2023年2月25日より渋谷にあるシアターイメージ・フォーラムにて上映中。

『ペーパーシティ』ホームページ:https://papercityfilm.com/jp/?lang=ja
インスタグラム:@papercitytokyo
フェイスブック:Paper City
ツイッター:@PaperCityTokyo

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