元渋谷区男女平等・ダイバーシティ推進担当課長 永田龍太郎さん

2016年9月から5年半の間、渋谷区役所で男女平等・ダイバーシティ推進担当課長として、さまざまな活動をされた永田龍太郎さん。

渋谷区は2015年11月に全国に先駆けて「渋谷区パートナーシップ証明(以下パートナーシップ証明)」を開始しましたが、永田さんはその取り組みを広げ、そして認知されることに尽力してきました。

 

今回取材を担当した私、高校生ライターの白鳥実藍は、普段からLGBTQを身近に感じ、LGBTQにおける行政の取組みに関心を持っています。

LGBTQやダイバーシティという観点からだけでなく、マーケティングの観点からも興味深いお話が聞けました。

 

※ パートナーシップ証明は、法律上の婚姻とは異なるものとして、男女の婚姻関係と異ならない程度の実質を備えた、戸籍上の性別が同じ二者間の社会生活における関係を「パートナーシップ」と定義し、一定の条件を満たした場合にパートナーの関係であることを証明するもの


ご縁からはじまった新しいキャリア

 

――まず、永田さんが渋谷区男女平等・ダイバーシティ推進担当課長としてLGBTQに関する施策に取り組んだいきさつをお聞かせください

 

渋谷区で働く前はアパレルのギャップジャパン(株)にいました。ギャップで社内ボランティアとしてLGBTQのプロジェクトリーダーみたいなことをやっていたのですが、約9年働いて、次のキャリアを考えるようになったんです。

その時に、共通の知人を介して長谷部区長に会って、2015年11月に開始した「パートナーシップ証明」を広めてくれるような人を探しているというお話を聞いてやってみることになりました。だから、ダイバーシティやLGBTQのことをすごくやりたいと立候補したわけではないんです。

たまたま、ご縁があったんですね。

 

――長谷部渋谷区長は男女平等と多様性社会を推進するための学習・活動・交流および情報提供の拠点となる施設として立ち上げた渋谷男女平等・ダイバーシティセンター<アイリス>(以下ダイバーシティセンター)にどのような人材を求めていたのでしょうか

 

2015年11月に「パートナーシップ証明」がはじまりました。条例をつくるという土台作りから次のフェーズに入ったので、LGBTQのコミュニティに近くて、マーケティング視点で周知・広報が組み立てられる人材を探していたようです。私自身がマーケティング経験者で、かつゲイだということで、長谷部区長の期待していたスペックに近かったのかなと思いますね。

 

――LGBTQ当事者でありつつビジネスの感覚もわかっている人材という意味でぴったりだったんですね

 

当時、渋谷区・同性パートナーシップ証明の実現に関わっていた杉山文野さんと松中権さんと親しくさせてもらっていて、たまたま辞めるタイミングがぴったりあってお話をいただいたんですね。松中さんは現在、「プライドハウス東京」という日本ではじめてできたLGBTQコミュニティセンターを立ち上げた人で、杉山さんは渋谷区男女平等・多様性社会推進会議委員を数期に渡って務めていただいた方です。

 

 

衝撃的な言葉“宇宙人”から得た気づき

 

――渋谷区での仕事の中で印象に残っていることをお聞かせください

 

「LGBTQ当事者なんて自分の周りにはいないし、『LGBTQの人権を考えてください』って言われても宇宙人の人権を考えろと言われているようなもの」という区民の方がいたそうなんです。

それを聞いたとき、そうきたか! と思いました。ネガティブな、否定的な人の声ってうまく表現されたものがないんですよ。でもこれは“宇宙人”っていう単語でその人にとってどれだけ離れた存在かが伝わる。“宇宙人”を紹介するという距離感で、LGBTQの啓発の企画に大きなヒントをもらいましたね。

 

また、男性と女性ではカミングアウトをしている割合が違ってゲイの方が多い印象があって、これは、LGBTQの課題に日本の男女格差問題も関わっていると感じています。男女平等とLGBTQの話は別ではない、男女平等の問題もLGBTQ抜きには進まないよねって、強く考えています。

 

もう一つ、5年半渋谷区役所で働いて、区内、区外も含め何百回と視察対応や勉強会への協力依頼をいただいたんですが、残念ながら渋谷区の町内会、商店会、PTA、子供テーブルからは1度も問い合わせを受けたことがありませんでした。一回だけ、ある地区の青少年対策地区委員会から勉強会への協力依頼があっただけでした。一番身近な地域のまちづくりに関わる人たちのラストワンマイルを5年半かけても突破できなかったことは、一番の心残りです。

 

――ダイバーシティやLGBTQを取り巻く環境は永田さんが子どもの頃と違いますか

 

中学校へゲストスピーカーとして行くと、子どもたちの方がダイバーシティやLGBTQを受け入れていて、進んでいるんです。先生が全然追いつけていない。渋谷区では1年半前に中学2年生を対象に意識調査をしました。LGBTQに該当する生徒の割合は7.9%でした。その中にはバイセクシュアルの子も含まれているし、性のありようが男性、女性、どちらでもないという人もいます。これを先生に伝えると驚くんです。先生はLGBTQに該当する生徒は100人に1人いるかいないかくらいだと思っているんですよ。

教員向けの研修で、友人・同僚・家族や親戚からカミングアウトを受けたことがあるかと聞くと、5%くらいしかいないんです。他の企業や場所で同じ質問をした場合と比べると、極端に低い傾向です。

 

また、学校イレギュラーサポートは性別違和を抱えている人への対応には関心を示しますが、表面的に見えにくい同性愛者については全然意識が向いていないのも興味深いところです。

 

――わたしたちも、学校の先生とそういう話をすることはないですし、先生の目に見えている部分のことしかわかってもらえていないのではないかと感じます

 

なので教員向けの勉強会では、好きになる対象は異性のみという偏った前提で話をする癖はやめましょうという話をします。

スターバックスコーヒーの店長さん向け勉強会で、カミングアウトされた経験をたずねたら、8割以上の手が上がりました。同じ時代なのに学校との差は何なのだろうと感じます。でもスターバックスの店長さんは、しっかりとプライバシーへの配慮が行き届いていて、私が質問するまで、他の店長さんもこんなにカミングアウトを受けたことがあるとは、今の今まで知らなかった、というのも良いエピソードだと思います。

LGBTQの人たちの存在と人権課題をどういう形で見える化していけばよいかということを考えさせられた出来事でした。

 

――具体的にどのようにすればよいと思いますか

 

気持ちは何か見える形にしていかないと外からは見えないんです。だからバッジやステッカーといったツールを提供するのが大切だと考えます。行政職員は命にかかわるセーフティーネットに多く従事しているので、渋谷区の職員の多くにレインボーのバッジをつけてもらっています。プライベートな相談をしたいときに不安を感じる人がいたとして、相談を受ける側からはその人の不安は見えにくいものです。そういう時に「安心して相談して欲しい」という気持ちを示すためにバッジでシグナルを送るしか、もはや方法はないと思っています。見える化する、形にするということは地味で地道だけど、大事な活動だと思いますね。

 

 

 

「受け入れるものではなくそこにあるもの」

 

――ダイバーシティやLGBTQのことを受け入れなければならないと義務のように思う風潮もあるのではないでしょうか

 

ダイバーシティの話を「受け入れるもの」であると勘違いしている人がすごく多いんです。あなたが見えていなかっただけの話で、ダイバーシティは「今までもあった」という意識に変えて行かないといけない。

今の渋谷区の保育園から中学校までは、多様な子どもたちが混ざって学んでいます。子供たちにとってダイバーシティは「受け入れるもの」ではなく「そこにあるもの」。そして、それをより理解して、誰もが安心して生活できるよう社会をデザインしていくことがインクルージョンです。子どもはそれが自然と身についています。でも、大人はそれを「受け入れる」って言います。

もうすでに「ここにある」っていうことに気づいてもらうのが次の課題です。

 

――永田さんは今後はどのような活動をされるんでしょうか

 

自分でも固まりきっていないですね。いろいろとお声がけしていただく中で、少しずつ固まっていくのかなって思っています。

マーケティング全般の話や、LGBTQのことに限らないダイバーシティ&インクルージョンの話など。昔はこの2つは関係性が遠かったけど、今は近くなってきていると感じます。自分が行政でやってきた経験も、マーケティングの経験も、それぞれがプラスになっていて、いまはまだ名前がつけられていない領域ですがニーズを感じている企業や行政につながっていけばチャンスが広がると考えています。

 

――永田さんにとって「渋谷」とは

 

「渋谷」って言葉をどういう定義でとらえればいいのか難しいなあって思います。どの渋谷のことを指して「渋谷」なんだろうって。例えば、本町と広尾はまるでイメージが違って街自体もすごく多様だなって思います。若いイメージが持たれがちですが、高齢者もいるし、進むこともあれば進まないこともあります。色んな意味で多様なものが詰まった街だからこそ、色んな可能性があることを信じています。

 

――最後に、学生へ向けてのメッセージをお願いします

 

中高生までは生活の中で学校が占めている割合が大きいですよね、8割とか9割とか。その中で居場所のなさ、自分が透明人間になったみたいに感じる子たちもいると思います。でも、頑張らなくていいです。大学や社会に出れば、もっと自分と心地よくつながれる人たちもたくさん出会えるし、居心地のいい場所も見つかります。今つらいことがあったとしても、どうか生き延びてください。

アメリカに“It Gets Better”(きっと良くなるから生き延びて)というメッセージを大人のLGBTQ当事者が子どもの当事者に向けて発信する取組みがあります。レディーガガといったセレブリティもたくさん協力していますね。今いるところが全てじゃないよっていうことをお伝えしたいと思います。

 

最後に、今年に入って地域コミュニティアプリ「PIAZZA(ピアッザ。無料)」の渋谷区コミュニティ内に、区内在住・在学・在勤のLGBTQ当事者とAlly(アライ。家族や友人)に向けたグループ「渋谷区にじいろご近所チャンネル」を開設しました。コーディネーターが入っているSNSグループなので、書き込まれた悩みや相談について区のダイバーシティセンターにお繋ぎする、といったことも可能です。当事者だけでなく家族や友人も参加可能なので気軽に参加してみてください。

 

そしてこの冬、リアルでのおしゃべり会をLGBTQの家族がいる人向けとLGBTQ当事者向けの2回企画しています。

詳細はPIAZZAのグループで案内するので、興味のある方は、まずはグループに参加してください。

https://www.piazza-life.com/groups/966

 


今回のインタビューは長時間お話しいただき、とても興味深いことが多かったです。コンサートや美術展のために地方遠征にも行くそうで、オタクの私が共感できる趣味のお話も聞けて楽しかったです。



◾️永田龍太郎 略歴

株式会社東急エージェンシー(1999-)、ルイ・ヴィトンジャパン株式会社(2002-)、ギャップジャパン株式会社(2007-)にてマーケティング業務(宣伝・広報)に幅広く携わった後、渋谷区の男女平等・ダイバーシティ推進担当課長として性的マイノリティ(LGBTQ)を含めたジェンダー平等推進に取り組む(2016-2022)。

現在は株式会社ダリア取締役としてマーケティング全般を担当する一方、合同会社NOMB(のむ)を立ち上げて企業や行政のマーケティング及びD&I推進支援も行っている。



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