音のない世界で、柔道が希望を与える~渋ノ屋にネパールのデフリンピック柔道選手が宿泊~

シェア・送る

2025年の11月15日から11月26日までの12日間、聴覚障害を持つろう者によるスポーツの祭典、東京デフリンピック2025が開催されました。1924年に始まったデフリンピック、日本での開催は今回が初めて。様々な国の選手らが東京に集う中、ある小さな国が柔道を通して新たな一歩を踏み出していました。

その国はネパール。今までオリンピックでの優勝経験も無く、デフリンピックへの出場も今回が初めて。

渋谷区松濤にある民泊「渋ノ屋」では、このネパールのデフ柔道選手の滞在先として、全面的なサポートを行いました。

ネパールのろう者に、希望へと繋がる柔道

ネパールには約30万人のろう者が生活していて、人口比では日本の約4倍にのぼります。教育格差や貧困の影響で聴覚障害に気づかずに育つ子どもや、医療アクセスが困難であることから治療できずに育つことが多いことが、ろう者が多い理由です。多くの人が音のない世界で過ごしています。

「ネパールでは“障がい者は前世で悪い事をした人”と考えられ、差別やひどい目に遭う人も少なくない。特に、ろう者は耳が聞こえないことから性被害や暴力被害に遭う事が多いんです。そんな時、柔道はろう者の護身術となるんです」
そう話すのは、ネパールの柔道選手を東京デフリンピックへと導いた古屋祐輔さん。ネパールで写真家として活動しながら、柔道を通したろう者支援を行っています。

▲選手2人と並ぶ古屋祐輔さん(写真:伊藤愛)

「柔道はただの護身術となるだけでなく、“生きる力”にもなるんです。
互いを尊重する気持ちや礼節は、道徳を学ぶ場になり、ひたむきに練習に励む事は、努力と挑戦を学ぶ場になる。
幼い頃から教育や学びの機会が限られてきたネパールのろう者にとって、柔道は大きな力となります。そして、デフリンピックという世界に挑戦する場は、そんな彼ら、彼女らにとって希望となるのです」
そんな古屋さんの思いから、2名の柔道選手が東京デフリンピックへの出場を果たしました。

しかし、ネパール国内では前例のないデフリンピックへの出場や、9月に起きたカトマンズでのデモを始めとした社会の混乱により、選手らへの支援はほとんどない状況。古屋さんはクラウドファンディングでの支援を募りました。

そして、選手やコーチなどを含めた計6名の選手団が来日し、渋ノ屋を拠点に大会へと備えました。

音の無い世界で感じる渋谷

▲左から、ラッキー選手とススマ選手(写真:古屋祐輔)

ネパールの柔道代表は、男子60kg級のラッキー・チョウダリ選手(18歳)と、女子52kg級のススマ・タマン選手(19歳)。開会式の前に入国し、大会に向けて渋ノ屋に宿泊しました。

柔道の大会は11月16日(日)、東京武道館で開催されました。

▲オランダ代表選手と試合する、ラッキー選手
▲ススマ選手はインド代表選手との試合

結果は、二人とも初戦敗退。一回りも大きい他国の選手に惨敗でした。でも、勝ち負けよりも大切なのは、世界の舞台にネパール代表として立てたこと。古屋さんを始めとした、彼らをサポートしていた全員が口をそろえてそう話しました。

試合前にはコンディション整える場であった渋ノ屋も、大会後にはリラックスできる場に。初めての日本、初めての渋谷の街に彼らは足を運びました。
まだ10代の2人にとって、渋谷は全てが初体験で新鮮。音のない世界で生きる彼らにとっても渋谷の街はとても輝いていたようで、とても刺激的だったみたいです。

筆者は彼らと一緒に渋谷の街を探索し、感想を聞いてみました。ちなみに筆者は来年ネパールに留学する予定です。

▲手話の勉強をしている筆者と手話で会話してもらいました

ラッキー選手「入国日に渋谷を訪れた時、日本の綺麗さに驚きました。そして、渋谷は人が多く、様々なものがありますね。私は家族や親戚の赤ちゃんの為に洋服を買ったり、ネパールには無いガチャガチャを体験して良い思い出になりました。
民泊はリビングと寝室が別の階だったおかげで好きな時間に寝ることができて良かったです。自分のスケジュールで動く事ができ、試合まで体力を温存することができました。そして、民泊にあったけん玉。最初はよく分からなかったのですが、日本の方からお土産でもらった時に使い方が分かりました。とても嬉しかったです」

▲ゲームセンターを楽しむラッキー選手

ススマ選手「渋谷はとても綺麗で輝いている街で、まるで大きなタメル(ネパールの繁華街)のようでした。センター街のゲームセンターで日本のみんなと遊んだり、ドン・キホーテでクラスメイトの為に日本のお菓子を買ったりしました。
民泊は、キッチンがあったおかげで試合前は母国の料理を作ってコンディションを整えられたし、試合後はみんなと日本料理を楽しめて、とても良かったです」

▲渋ノ屋の前で、選手団全員の記念写真

多くの人々が熱狂し、渋谷も賑わった東京デフリンピック2025。この大会への出場は小さな一歩でも、ネパールのデフ柔道にとって希望への大きな一歩となったことでしょう。
そんな希望の光に、渋ノ屋が少しでも力になれたら幸いです。

渋ノ屋の詳細はこちらから:https://www.airbnb.jp/rooms/1277290457229000845
選手二人の物語はこちらから:https://spin-project.org/projects/118

この記事をシェアする
シェア・送る