渋谷消防署 救急技術担当係長 寺井卓哉さん

 

渋谷から原宿に向かって伸びる「ファイアー通り」に位置する渋谷消防署。
今回は、渋谷の街を365日24時間守り、消防と救急の最前線に立つ、東京消防庁渋谷消防署警防課の寺井卓哉救急技術担当係長にお話を伺いました。

 

国内最大規模の渋谷消防署

渋谷消防署は勤務する消防職員の数や設備から、全国でも最大規模の消防署となっています。
23区内では新宿消防署(新宿区)や杉並消防署(杉並区)など規模の大きい消防署があると認知されていますが、どちらも区内に複数の消防署があります。しかし、渋谷区は渋谷消防署の一つのみ。
救急車の出動が多く救急隊を7隊配備していることや、外国人への対応が多いことから英語が話せる隊員が常に配置されていることが渋谷消防署の特徴です。

 

柔道全日本覇者から消防の道へ

「柔道は一人ではできないスポーツ。私は“自他共栄の精神”を小学生の頃から繰り返し教育されてきましたが、現役時代に選手として第一線で戦っていた時は、誰かをサポートするより、サポートを受けていることの方が圧倒的に多かった気がします」

と語る寺井さんは全国中学校柔道大会で優勝を経験している。

「実は大学生になり、ふと就職のことを考えた時に今までさまざまな方にサポートしてもらっていたことに気づき、少しでも還元したいと思ったんです」

柔道で培った体力には自信があったという寺井さんは、自ら現場に向かっていく消防隊の姿を日常生活やテレビで目にし、何か人のためになることがしたいと東京消防庁への入庁を目指すことに。
「人生で一番勉強した」と振り返る受験勉強が実を結び、東京消防庁でのキャリアがスタートしました。

 

 

救急隊員から外部への派遣、教官など紆余曲折のキャリア

入庁後は、救急救命士を目指し救急車に乗る日々が続きました。救急救命士の資格を取るにはなんと2000時間も救急車に乗る必要があります。しかも、2000時間乗って資格が取れるのではなく、ようやく試験を受ける権利が与えられるという道のりの険しさです。

そんな中、乗車時間が通算1900時間ほどになったある日、突如、全国消防長会の事務局という外部の組織に派遣されることになったのです。
「全国の消防組織の局長クラスの人たちが集まる会議で上がる議題は、非常に重要かつ大きな問題ばかり。地域の合併による消防の仕組みの整理や自治体単位でどのように消防に取り組んでいくかが議論されていました」
寺井さんも突然の派遣に驚いたものの、とても良い経験ができたと語ってくれました。

全国消防長会で2年間の仕事を終え、救急救命士の資格試験を受験するために救急車で残りの100時間を過ごしました。

その後、救急救命士の資格を取得し、渋谷区西原の消防学校で教官となり、未来の消防に関わる人々を育てる立場となりました。
「元々、人と話すことが好きで、教えることも楽しかった。何よりも巣立った教え子たちの成長する姿を見ることが嬉しかったです」

 

都民・区民のニーズに応えることを目指して

現在は救急技術担当係長として、主に救急隊の活動内容の精査や指導を行っている寺井さん。救急隊として最前線で活動した経験や消防学校の教官としてたくさんの消防職員を指導した経験、これまでのキャリアを総結集させて渋谷消防署で日々業務を遂行しています。

「これまでの経験もあって、現場に出る救急隊員の気持ちも、消防署で事務に専従している職員の気持ちも分かります。今は一歩引いて指揮・指導することを心がけています。救急隊は都民・区民のために日々活動していて、私が救急隊のために働くことによって、結果的にそれが都民・区民のためになると思っています。現場の救急隊がうまく回るようにしっかりとサポートすることが何よりも大事だということは今のポジションについてから2年間ブレていないことです」

 

 

最後に、今後のキャリアの目標について聞いてみました。

 

「消防は都民・区民のみなさんに消火訓練や救命講習などの実施を促す際、訓練の必要性についてお話しさせていただくことがあります。『火災から人の命や財産を守るためにこの訓練を行ってください』『急病人やけが人を助けるために応急処置などの訓練を行ってください』といった感じです。でも、“訓練の必要性は理解しているが時間がない”といった理由で訓練を受けない(受けることができない)人もたくさんいます。今後は“消火器の使い方だけ”訓練をしたい、“子供の窒息に対応する方法だけ”訓練したいといったみなさんのニーズに合わせて訓練内容を柔軟に変更することで、みなさんの防災・救命の意識をさらに高めていく『きっかけを作っていく』ことが目標の一つです」

この2年間、コロナ禍ということもあり、救急の現場では病院が決まらないといったことも多く起きているようです。「普段の少しの気遣いで防げる事故は、病気の感染も含めて必ずある」と最後に寺井さんが話してくれました。その気遣いで、もしかしたら隣の人が助かるかもしれない、という気持ちを持つことがより一層必要なのかもしれません。

 

◾️寺井 卓哉
1977年生まれ。44歳
東京消防庁 渋谷消防署 警防課 救急技術担当係長(令和4年3月取材当時「現:救急係長兼渋谷3部大隊長」)

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