
2026年3月22日、神南のプチ公園通り沿いにあるのコワーキングサロン「SLOTH JINNAN」にて、アートとヒップホップ、教育を掛け合わせた一つの特異なイベントが開催される。『Philip Lumbang JAM 』 。LAを拠点とするアーティスト、フィリップ・ランバンの名を冠したこのイベントは、単なるブランドのプロモーションではない。ディレクションを手がける合同会社ROOTSの代表・坂本太郎(TARO)氏の人生そのものが投影された「遊び」と「学び」が渾然一体となる文化の再構築である。
島根の田舎町でヒップホップに出会い、ダンサーとしての挫折を経て、教育困難校の英語教員から起業家へ。異色の経歴を持つ坂本氏に、『Philip Lumbang JAM 』に込めた情熱と、彼が信じる「ヒップホップの力」について話を訊いた。
エミネムの衝撃と、『めちゃイケ』が繋いだストリートへの情熱

坂本氏とヒップホップの出会いは、小学6年生の時に遡る。テレビで流れたDragon Ashの『静かな日々の階段を』に衝撃を受け、ミクスチャー・ロックからその背景にあるラップミュージックへと関心を広げていった。
「私の故郷である島根県浜田市は、海と山に囲まれた田舎町です。
都会のように新しい文化に触れる機会が限られていたからこそ、外の世界から届く熱量には人一倍敏感だったのかもしれません。
ラップミュージックを知ってからは、地元のレンタルCD屋でCDを借り、ライムスターさんやキングギドラさんなどの日本語ラップを聴き漁っていました。
アメリカのラップとの出会いは、中学3年生の頃。母親が広島での出張土産として買ってきてくれた、エミネムの『The Slim Shady LP』だったと思います。エミネムのラップは特に衝撃的で、アメリカのラップ、そしてその背景にあるヒップホップ文化に興味を持つようになりました。
そして、その衝撃に拍車をかけたのがテレビ番組『めちゃイケ』でのワンシーンです。岡村隆史さんとガレッジセールのゴリさんがブレイクダンスのバトルを繰り広げる姿を目にし、元々聴いていたラップミュージックのビートと、目の前のダイナミックなダンスが自分の中で鮮烈に結びつきました。『この音楽で、こうやって踊るんだ』。その繋がりを確信した瞬間、情熱は加速しました。
高校に入るとすぐに、ラジカセを抱えて路上や公民館前へと飛び出し、独学で練習に明け暮れる日々が始まります。
大阪でダンスに没頭し、『ダンスで何者かになりたい』という純粋な期待を抱きながら、ヒップホップという表現の世界にのめり込んでいきました」
アパレル時代の葛藤と、英語の奥深さに目覚めさせてくれた『名盤各務塾』の衝撃
しかし、現実は甘くなかった。大学生活をダンスに捧げ、賞を手にする機会もあったが、トップ層との「次元の違い」に打ちのめされる。卒業後、アパレル業界に就職するも、猛烈な残業に追われ、会社員としてもうだつの上がらない、ダンサーとしても「底辺」にいるという感覚に苛まれ、自信を喪失していった。
そんな坂本氏を救ったのは、やはりヒップホップだった。25歳の時、「この状況を変えたい、ヒップホップに携わる形で生きていきたい」という想いから英語の勉強を始める。英会話スクールでは上達を感じられなかったが、スペースシャワーTVの番組『BLACK FILE』内のコーナー「名盤各務塾」でキングギドラのKダブシャイン氏とライムスターの宇多丸氏が英語のラップ歌詞の深淵を解説するのを見て、雷に打たれた。
「こんなにアメリカのラップの世界って深いんだ、英文学なんだと感動して。そこからアルバムを自分ですべて訳したり、ラッパーのインタビューをYouTubeで解読したりして、英語がどんどん楽しくなっていったんです」
教育現場で見つけたリアルな暗唱リリックが繋ぐ学びの可能性
英語を仕事にするため、通信制大学で英語教員免許を取得し高校の英語教師に。
最初に配属されたのは、大阪でも指折りの「教育困難校」だった。複雑な家庭環境や貧困を抱え、授業が成立しないこともある現場。しかし、そこで坂本氏は一つの事実に気づく。生徒たちの多くが、当時ブームとなっていた『高校生RAP選手権』に熱狂し、T-Pablow氏やYZERR氏といったラッパーたちに自らの境遇を重ね、憧れを抱いていたのだ。
「美術の補習を受けていたやんちゃな子が、 T-Pablowさんのフリースタイルをすべて丸暗記してブツブツ呟いていたんです。教科書の文章は一行も覚えない子が、ラップなら覚えられる。本当に素晴らしいなと思いました。」
坂本氏は授業にUSラップのリリックやスラング、アーティストの歴史を導入した。すると、騒がしかった生徒たちが真剣に耳を傾け始めた。
その高校の英語教師の経験から、2017年の英語学習アプリ『JUICE』のリリースや、著書『ヒップホップ英会話入門 学校に教科書を置きっぱなしにしてきた人のための英語学習帳 JUICE』の出版、そして現在経営する会社「ROOTS」の設立へと一本の線で繋がっていった。
英語アプリ『JUICE』
著書『ヒップホップ英会話入門 学校に教科書を置きっぱなしにしてきた人のための英語学習帳 JUICE』

『Philip Lumbang JAM』による四大要素と「第五の要素」の接続

3月22日に開催される『Philip Lumbang JAM』は、坂本氏が愛するヒップホップ文化の四大要素とされる、DJ、MC、グラフィティ、ブレイキンのそれぞれのコンテンツを楽しめるイベントだ。
ブランドのデザインを担当するフィリップ・ランバン氏はLAで長きに渡り、グラフィティライターとして活動してきた人物であり、これまでにも多くの著名なラッパーのレコードジャケットなどを手がけてきたアーティスト。
ヒップホップの四大要素の一つ、グラフィティを体現する存在と言える。
さらに坂本氏と共に合同会社ROOTSの代表を務める玉置氏は、元ブレイクダンサーでもあり、オーセンティックなヒップホップ文化、そしてストリートカルチャーのエネルギーを具現化したイベントの実現に強いこだわりを持つ。
そんな彼らが今回ディレクションを手がける本イベントは、ヒップホップの四大要素に「ナレッジ(知識)」という第五の要素を加えた、三部構成の企画だ。
- 第1部 BREAKIN BATTLE (ZeroBox):世界レベルのブレイクダンサーたちが集い、そのスキルを競う、プレイヤーが輝く場所。
- 第2部 JUICE学園:ヒップホップの「第五の要素」である知識(ナレッジ)を学ぶ時間。長きに渡り日本のヒップホップ、ブレイキンシーンを盛り上げてきたDJ MAR SKI氏による文化史の講義と、坂本(TARO)氏による語学的な解説。文化の背景を知ることで、ヒップホップ文化におけるアート表現にさらなる深みを与える。
- 第3部 AFTER PARTY(※1):ニューヨーク出身のラッパー、AK THE SAVIORや日本を代表するヒップホップアーティストであるLeon Fanourakisといった実力派アーティストによるライブパフォーマンス。ヒップホップの起源である「ブロックパーティー」のように、全員で文化を楽しむ。
※1 第3部 AFTER PARTYは関係者および招待客限定のスペシャルイベントです。招待状をお持ちの方のみご参加いただけます。
「学ぶことや発信することも含めて、ヒップホップだし、この文化のポジティヴな側面だと考えています」と坂本氏は語る。
知識を得ることで、ダンスやアートの見え方が変わり、それが自己表現の質を向上させる。その循環こそが、彼が『Philip Lumbang JAM 』を通じて伝えたい核心である。
未来の景色として渋谷・神南に「ユニティ」を再興する
坂本氏がこのイベントの先に描くのは、分断されがちなヒップホップの諸要素を統合し、誰もが主体的に関われるコミュニティの創出である。
「ヒップホップ文化の根幹にはバックグラウンドが違ってもヒップホップというコミュニティの中で、お互いを高め合おうという『ユニティ(融和)』の思想があると感じています。このブランドのデザイナー、フィリップ・ランバン氏もその精神性をアートを通して我々に伝えてくれています。ヒップホップは、1970年代のニューヨーク・ブロンクスで行われていた「ブロックパーティー」という文化が起源と言われています。当時、ブロンクスの街角で、一つの文化のもとに様々な人々が集ったように、今回はフィリップ・ランバンというブランドの元に素晴らしいアーティストやプレーヤーが集まります。そういった方々と共にこのイベントを行えることは本当に光栄であり、感謝しています。」
イベント当日は、世界的なブレイクダンスクルーである、FOUND NATIONなどの実力派ダンサーたちや、シーンを牽引するDJたちが一堂に会する 。
坂本氏は自らを「プレイヤー崩れ」と謙遜するが、プレイヤーへの最大限のリスペクトを持ちながら、彼らが「本物」だと感じることができる場を作り上げることを常に意識している。
【あとがき】
インタビューの最後、坂本氏は来場者へのメッセージとして、ヒップホップ草創期から活動するラッパー、KRS-Oneの楽曲に収録されているラインを引用した。
「You are not doing hip-hop;You ARE hip-hop(君はヒップホップをやっているんじゃない、君自身がヒップホップなんだ)」
ヒップホップは、誰かに与えられる娯楽ではなく、自分たちがどう生きるか、どう学ぶかという姿勢そのものなのだと感じた。
正直に告白すると、私はこれまでヒップホップという世界を、全く通らずに生きてきた。どこか遠い世界の、自分とは無縁なものだと思い込んでいた。
しかし、現在「まなぶや」という教育事業に携わっている身として、坂本さんのお話を伺い、今回のイベントのコンセプトに触れた時、これまでにない高揚感を覚えた。
特に強く惹きつけられたのが、ヒップホップにおける「第五の要素=ナレッジ(知識)」という概念。音楽やダンスという華やかな表現の裏側に、それを支える歴史や文脈を知る「学び」がある。そして、その知識こそが表現をより深いものにし、自分自身の生き方(アイデンティティ)を形作っていく。
坂本さんが教育困難校で目撃した、教科書は読まなくても大好きなラッパーのリリックなら完璧に暗唱する生徒たちの姿は、教育の本質を突いていると感じた。
今回、神南で開催される『Philip Lumbang JAM』
そこは、かつての私のようにカルチャーに馴染みがない人にとっても、新しい「学びの扉」が開く場所になるはずです。知ることで、世界の見え方が変わる。そのワクワクするような体験を、ぜひ会場で皆さんと共有できれば嬉しい。

イベント情報
- イベント名: Philip Lumbang JAM – Step Into The 5th Elements of HIPHOP
- 日時: 2026年3月22日 11:00 – 22:00
- 場所: SLOTH JINNAN(渋谷区神南1-14-7)
- 構成: BREAKIN BATTLE / JUICE学園 / AFTER PARTY











