
渋谷の街角で、一瞬にして目を奪われる女の子に出会った。
彼女の名は、姫柊響(ひめらぎ・ひびき)。24歳の若きデザイナーだ。
彼女の周りには、かつて私たちが夢中で読んだ矢沢あい先生の『ご近所物語』(『りぼん』連載、デザイナーを夢見る女子高生の成長を描いた代表作)の主人公・幸田実果子が放っていたような、あの熱い「メラメラ感」が漂っている。
「ロリータはコスプレじゃない。もっと自由なファッションとして、世界に認められたいんです」
既存のルールに縛られず、自分の「好き」を貫くその姿は、2026年の今を生きる私たちの心に、忘れかけていた情熱を蘇らせてくれる。40代の私ですら「ロリータを着てみたい!」と心から思わされた、姫柊響の物語をお届けする。
広島から東京へ
姫柊響の物語は、広島から始まる。
親戚には一流ブランドのスタイリストや服飾の先生がいるという環境で、彼女は幼い頃から布とミシンに囲まれて育った。
しかし意外にも、かつての彼女は「自分」を持たない少女だったという。
「ものすごく過保護に育てられたんです。友達と何をして遊べばいいかまでお母さんに聞いていたし、時間割も全部やってもらっていました。自分一人の力では何もできないと思ってたんです」
そんな彼女を変えたのが、東京への進学だ。家族の反対を押し切り、初めて手にした一人暮らしという自由。そこで彼女は「自分」という存在を知る。
「東京に来て一人になった時、私、何でもできるじゃん!って気づいたんです。できないんじゃなくて、守られていただけだったんだって」
その気づきこそが、彼女の中に眠っていた「メラメラガール」の目覚めだった。

「実果子の軌跡をすべて辿りたい」――120人を集めた“あきんど”の熱狂
彼女の原動力は、驚くほど純粋だ。それは、『ご近所物語』の実果子が歩んだ道を、自分自身の人生でそのままなぞること。
私はこの言葉を聞いて胸が熱くなった。 私にとって『ご近所物語』は、単なる大好きな漫画という枠を超えた、青春そのものだったからだ。矢沢あい先生が描く、実果子やツトムたちの自由で、少し不器用で、でもどこまでも真っ直ぐな夢。実果子が放っていた、あの触れたら火傷しそうなほどの熱量——「メラメラ」としたエネルギーに、私たちはどれほど勇気をもらい、自分らしく生きることを夢見ただろう。
でも、大人になるにつれて、いつの間にかその熱を「懐かしい思い出」として心の奥に仕舞い込んでしまっていた。そんな私に、彼女は衝撃を与えた。
彼女は、あのアニメや漫画の世界を、ただの憧れで終わらせていない。自分の足で一歩ずつ、驚くべき熱量を持って現実に変えているのだ。
「実果子ちゃんがしたことを全部するのが、私の人生の目標の一部なんです。だからブランドを立ち上げたし、蝶をモチーフにするのも『パラキス』(ファッション誌『Zipper』に連載された『Paradise Kiss』の略称)の影響。すべてはそこから始まっています」
専門学生時代には、作中で実果子たちが結成したフリマ集団「あきんど」を自らの手で再現した。服飾の仲間たちと自作のアイテムを持ち寄ったそのイベントは120人もの人々を飲み込む熱狂の渦となった。
「あの時、同じ世代の子たちが私の作ったものを求めて集まってくれた。その手応えが、今の私を支える大きな自信の種になったんです」
物語の終盤、実果子はイギリスへと旅立つ。響ちゃんもまた、その背中を追うように海外を見据えている。
「次はイギリスに行くことが目標。実果子ちゃんがロンドンへ行ったように、私も世界へ遊びに行きたい。彼女の軌跡を辿ることで、私は私らしくなっていけるんです」
挫折から生まれた、自信の青いドレス「Morpho」

専門学生時代、最初に立ち上げたのはギャルブランド。しかし結果は振るわず、仲間に給料が払えない日々。自分を奮い立たせるために別の仕事でお金を稼ぎ、それをブランドに注ぎ込む泥臭い生活も経験した。
そんな彼女の心の支えになっていたのは、高校2年生の時にコンテストで初めて入賞した「青いドレス」のデザイン画だ。
「そのドレスが、私に『服作りが向いているのかもしれない』という自信をくれたんです。だから、ブランドをやるならそのイメージを大切にしたいと思っていました」
ブランド名を決める時、最初は「アゲハ蝶」という案も出たが、どこか自分らしくない。そこでお母さんと一緒に調べて辿り着いたのが「モルフォ蝶」だった。
「お母さんと二人で調べていて、『モルフォがいいんじゃない?』って。お母さんが最終的に背中を押してくれて、私も『確かにモルフォがいい!』って納得して決まったんです。高3の時にはもう、この名前でやっていくと決めていました」
お母さんと一緒に選び、自分に自信をくれた「青い蝶」の名前。
パリの風が教えてくれた「自分らしさ」という定義
今年の2月、姫柊響は念願のパリへ向かった。
修学旅行という名目ではあったが、彼女の目的は「撮影会とお茶会」の実現。SNSで自らモデルやカメラマンをハントし、パリコレのアシスタントを務めるような現地クリエイターたちを巻き込んだ。
「日本人の私を、彼らはすごくリスペクトしてくれました。ロリータは日本独自のシルエット。ウエストのラインひとつで、それは芸術的なハイファッションに変わるんです」
パリの街並みに溶け込むロリータ服。それは、アニメや漫画の枠を超えた「一人の人間としての表現」だった。準備の時間が一番楽しい、と語る彼女の瞳は、すでに未来のパリコレを見据えている。

「ブランド縛り」を壊し、誰もが自由に羽ばたける場所を
ロリータファッションの世界には、時に「そのブランドで全身を固めなければならない」という暗黙のルールが存在する。姫柊響は、その慣習に軽やかなパンク精神で立ち向かう。
「私はパンクロリータです。パンクって、トゲトゲをつけることじゃなくて、『自分らしく着ること』だと思うんです。私の開くお茶会にはドレスコードはありません。何色が好きでもいい。どんな着崩し方をしてもいい」
この言葉は、私たち大人世代にとっても大きな救いになる。
40代になっても、ロリータやパンクを取り入れていい。それは「若作り」ではなく、自分を愛するための表現のひとつ。
姫柊響の服は、ガチガチのロリータ服というよりも、「最高に可愛いワンピース」として、私たちの日常にそっと寄り添ってくれるのだ。

受け継がれる「ハッピーの種」
取材の終わり際、店舗に現れた16歳の学生。
「お金がなくて今は買えないけれど、いつか全部買い占めたい」と熱く語る彼女の姿は、まさに数十年前の私自身だった。
姫柊響が蒔いた「自分らしくいていい」という種は、次の世代の少女たちの中ですでに芽吹いている。
「これはロリータではなく、単なる可愛いワンピースブランドだと思って、気軽に着てほしい」姫柊響はそう語る。
姫柊響自身の真っ直ぐな「好き」と「自分らしさ」がぎゅっと詰め込まれたその服は、袖を通した瞬間に、自分を肯定する揺るぎないパワーを届けてくれる。

【あとがき】
今回の取材は、『ご近所物語』の大ファンである私にとって、単なるインタビュー以上の意味を持つ時間になりました。響ちゃんと話しているうちに、胸の奥にしまっていた青春が鮮やかに蘇り、心地よい「メラメラ感」で満たされていくのを感じたからです。
かつて私たちが憧れた実果子のような「メラメラガール」でありたいという純粋な衝動。
それを地で行き、自分らしく突き進む響ちゃんの軌跡は、同じ道を夢見た者として羨ましく、そして最高に素敵に映りました。
彼女が教えてくれたのは、「自分を表現することに、遅すぎることはない」というシンプルな真理です。
大人という現実に埋もれ、いつの間にか忘れてしまっていた「自分らしくいたい」という切実な願い。響ちゃんはそれを、もう一度私に手渡してくれました。
40代。年齢という枠に縛られず、今さらなんて言葉は脱ぎ捨てて。
私も私らしい、自由な「ロリータ」をこの街で探し始めてみようと思います。
【今回ご紹介したブランド】
Morpho(モルフォ):https://morpho-hh.jp/
デザイナー姫柊響 Instagram: @_hi_hibiki TikTok: @_hi_hibiki












