生醤油と出汁を合わせたシンプルながら奥深い味わいの「あげ玉生醤油うどん」や、ラー油とのコンビネーションがたまらない「ラー油あつあつうどん」。さらには「ミートソースうどん」に「キムチうどん」と、多種多様なメニューが揃う名店「讃岐うどん 麺㐂 やしま」をご存知でしょうか。
今でこそ、飲食店とアパレルブランドがコラボしたTシャツが販売されることも珍しくないですが、やしまはその先駆けとも言えるお店。渋谷・円山町というクラブ・ライブハウスが密集した場所にあり、映画館のユーロスペースや東急、Bunakmuraなどに程近い立地も相まって、多くの著名人に愛される名店です。
やしまはうどんの本場・香川での創業から数えて86年、渋谷では46年の歴史をもつ超老舗。しかもお店のロゴを手がけたのは、あの岡本太郎さん! いったい、なぜここまで愛される名店になったのでしょうか? その歴史を聞きました。
香川県の善通寺から渋谷宇田川町へ やしまの46年
「DJやラッパー、レコード店のスタッフさんなど音楽関係の方から、アパレル関係、お笑い芸人さんまで本当にいろんな人が来ていました」
そう語るのは、広報を担当する、4代目店主の従兄弟。生まれた時からお店の成長を見守ってきました。
「今年、創業86年目になりますが、元々はひいおじいちゃんが家の軒先で近所の人たちにうどんを振る舞ったのが最初。2代目はやしまを経営しながら映画館の運営もしてみたりと、多彩な方でした。その中で、最終的に続いているのがこの『やしま』だった」
渋谷へはどのように辿り着いたのでしょうか。
「香川から愛媛の松山へと移り、その後渋谷の宇田川町に出店しました。渋谷にお店を出すきっかけとなったのは、東京から出張で来ていたお客さんたちからのラブコールです」
現在45歳。渋谷に移ってからのやしまと同い年でもある彼は、当時の渋谷をこう振り返ります。
「お店には色々な人が来ていました。B-BOYにカップル、サラリーマン、家族連れ。年齢も職業も全く異なる人が相席してうどんを食べていましたから、初めて来た人はびっくりしたと思いますよ(笑)」
すでに当時から多種多様なファンに愛されていたやしま。その理由を聞いてみると、現在まで受け継がれてきた、やしまの“信念”が見えてきました。
「2代目が社交的な人間だったんです。小説など作家活動も行っていて、作家、早坂暁さんとは東武ホテルの喫茶店でよくお茶していたそうです。今でこそ讃岐うどんは全国区になりましたが、1980年代はそうではありませんでした。かえしを入れない出汁と手打ちのやしまの味はもちろん、2代目の行動力やネットワークが果たした役割も大きかったですね。やしまのロゴを岡本太郎さんに書いてもらったのも、2代目と親交があったからです」
「家族連れのお客さんも多いのですが、2〜30年前に父親に連れられてきた方が、今度は息子さんを連れてきて、またその息子さんが家庭を持って来店してというふうに、3世代で来てくれているお客さんが多いんです。お子様うどんを無料でプレゼントしているのも、その家にとって、やしまのうどんが思い出の味だから。贔屓にしてくれている著名人の方々も多いですが、本当にいろんな方が縁を繋いでくださっているので、人との繋がりを大切にしていますね。ご縁とともに、味に一生懸命に努力して、ここまでやってこられました」
激動の時代で、手打ちの味を守る
現在やしまは、4代目が渋谷円山町店で歴史を重ね続けています。
「ビルの取り壊しによって宇田川町を出なければならなくなって、4代目が富ヶ谷店をオープンしました。そこから2013年に富ヶ谷店を3代目に任せて、円山町店をつくったという形です」
渋谷にこだわったのは、やはり46年間培ってきた歴史を大事にしたかったのでしょうか。
「物件的な理由もありますが、できれば渋谷駅周辺に戻りたかった。やっぱり今までのお店のルーツと言える土地で、昔ながらの味、やしまの味を守っていきたいんですよ。長年お客様に来ていただけるのは、このやしまの味に価値があると思っていただけていて、応援して頂けているからだと思います」
伝統の味を守ること、そして何よりお客さんと真摯に向き合うことを大事にしているやしま。一方で、このコロナ禍によって飲食店にとっては厳しい状況が続いているのも事実です。賃料の高騰がこの46年でもありました。ただでさえ飲食店にとっては、渋谷は厳しい場所ですが、やしまはどのような未来を見据えているのでしょうか。
「やることはシンプルで、お客さんにまた食べたいと思ってもらえるような価値を提供し続けるしかありません。やしまでは、最近小麦は国産のものに、油は生搾りの太白胡麻油に変えました。価格改訂もしましたが、いまの値段でも厳しい部分があります。大量に仕入れて、仕入れ価格を抑えることができるチェーン店とは異なり、個人店舗は、仕入れの時点の値段設定では勝てません。ですから、やしまでしか食べられないという付加価値をご提供し続ける必要があります」
「原材料も高騰していて、5年後に仕入れ価格が、2倍、3倍の価格になっているかもしれない。そうなると、きちんと生産者の顔が見えている方が、継続してお付き合いしていけますよね。でも、物作りですから、それでお店が潰れるなら、もうしょうがないと4代目は覚悟を決めました。きちんと対等に向き合ってくれるお客さん一人ひとりをファンにして、次に来ていただいた時にも、その日に提供できる最高のものを出す。それだけです」
手打ちうどんは、毎日の気温や湿度はもちろん、その年の小麦の出来など多くの要因によって味が左右され、年によっては小麦の種類を変えることもあると言います。 うどんを打つ「毎回が勝負」なのだそう。
良いものをつくり、お客さんと真摯に向き合う。シンプルで面白みのない結論のようですが、すべてのものづくりに通じる精神のように思えます。取材中、我々の会話を見守っていた4代目が最後に言った「手打ち・手作りには、見えないけど作り手の想いが込められていると思う」というセリフとその表情が印象的でした。
■讃岐うどん 麺㐂 やしま 渋谷円山町
〒150-0044 東京都渋谷区円山町10-13 サンライズ渋谷 1F
TEL 03-6455-1533
OPEN 11:00~22:00(火曜は14:00まで)
CLOSE 不定休
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