
今回の「SHIBUYA DNA」の舞台は、神泉・円山エリア。 「裏渋谷」として親しまれ、個性的な飲食店が立ち並ぶこの街には、「神泉・円山親栄会」という、ちょっとユニークで熱いチームがあります。
「町会? 面倒くさそう」「昭和の遺物でしょ?」
そう思うかもしれません。しかし、彼らの活動は、私たちの想像を遥かに超えていました。 道路を封鎖して運動会を開いた昭和の熱気。住民投票で通りの名前を決め、ハリウッド映画を誘致した平成の知略。そして、「大人の部活」としてコミュニティを楽しむ令和のスタイル。
子供の頃、楽しみにしていたお祭りや運動会。大人になった今、ふと「あれって誰が準備していたんだろう?」と思ったことはありませんか?
その裏側で、本気で汗を流していた町会の大人たち。彼らを突き動かしていたのは、決して堅苦しい義務感などではありません。 「自分たちの遊び場は自分たちで守る」。そこにあったのは、今も昔も変わらない、とびきりクリエイティブで温かい“おせっかい”の精神でした。
記憶が紡ぐ街の物語 〜町会が繋ぐ“人情”のDNA〜
座談会参加者
五月女(そうとめ)さん(神泉・円山 親栄会 会長【街の顔・外交官】
行政・警察・消防との太いパイプを持ち、区長とも旧知の仲。「スピーカー」と呼ばれるほどの発信力で、街の声を外部へ届けるリーダー。
平野さん(副会長・総務)【多角的な戦略家】
元外資系保険会社勤務の経験を活かし、物事を多角的に捉えて推進する実務の要。40歳までサラリーマンとして外の世界を見てきた視点が光る。
河野さん(副会長・会計)【街の守り人】
元下駄屋の人情で、長年地域福祉に尽力。弱者に寄り添うボランティア精神の塊であり、今月、民生委員としての長い旅路を終えられる功労者。
松本さん(青年部 副部長)【次世代のエンジン】
ガラス店を営みながら、他町会と連携し「子供神輿」のサポートをはじめ、相談役・部長の右腕として青年部を実務で支える。14~15名の部員と共に現場を奔走する、祭りの中心的メンバー。
若目田さん(青年部副部長)【次世代のエンジン】
飲食店で勤務しながら、青年部副部長を支える。青年部として祭りの実行部隊として汗を流す。
鈴木さん(町会 加入者) 【ペット共生の旗振り役】
「人と動物が共に幸せに暮らせる街」を目指し、特に災害時のペット防災活動を力強く牽引している。 大切な家族であるペットを守る取り組みを通じて、誰もが安心して暮らせる地域づくりに尽力する、町会の頼れる人。
山田さん(仮名)(町会 新規加入者) 【街の生活者】
移住者としてこの街に来た子育て世代。祭りやイベントを通じて地域の温かさに触れ、恩返しの気持ちで活動に参加している。

第1章:昭和の熱気 〜道路で運動会!? 伝説の始まり〜
3つの「親栄会」と郵便屋さんの受難
物語は、戦後間もない昭和28年(1953年)に遡ります。
当時、行政からの依頼で地域ごとに自治会組織が作られることになりました。しかし、ここで一つのハプニングが起きます。
五月女(会長):「実はね、当時この渋谷区の大向地区には『親栄会(しんえいかい)』という名前の町会が3つもできてしまったんですよ(笑)」
普通であれば「◯◯町会」と地名をつけるところを、当時の人々はそれぞれの想いを込めて名前をつけました。その結果、同じエリアに3つの同名組織が誕生。郵便物は迷子になり、役所からの連絡もあちこちに誤配される日々が続きました。
五月女(会長):「これじゃあ埒が明かないということで、区別するために頭に『神泉・円山』とつけたのが、今の正式名称の由来なんです。ちなみに他の2つの親栄会もまだありますが、これほど活発に動いているのはうちくらいかもしれませんね」
道路を通行止めにして始まった運動会! 昭和の「街ジャック」
昭和40年代、この街は今とは比べ物にならないほどの「生活の街」でした。住民があふれ、子供たちの声が路地に響いていた時代。彼らの遊び方は豪快そのものでした。
五月女(会長):「昔はね、この辺りの道路を通行止めにして『運動会』をやっていたんですよ」
松本(青年部):「道路で運動会ですか!? 今の渋谷じゃ絶対に許可が下りないですね」
五月女(会長):「警察も今よりずっとおおらかな時代でしたから(笑)。パン食い競争だとか、綱引きだとか。他にも横浜の三渓園へバスを連ねて遠足に行ったり、潮干狩りに行ったり。そして、盛り上がるのが盆踊り大会!町会ごとに『あっちが有名人を呼んだなら、うちはもっと凄いのを』って競い合ってね。美空ひばりさんが来るなんて噂が流れたりね。うちはディック・ミネさんを呼んだこともありましたね。とにかく『自分たちで楽しみを作る』というエネルギーが凄かった。その熱気が、今の神泉・円山親栄会の土台になっているんです」
当時の町会は、単なる行政の下請け組織ではありませんでした。そこは、大人たちが本気で遊び、本気で街を盛り上げる「エンターテインメントの現場」だったのです。
ハリウッド映画『ラーメンガール』と幻の神輿

この街の独特な雰囲気は海を超えて注目されることになります。なんと、ハリウッド映画のロケ地に選ばれたのです。
平野(副会長): 「そう、日米合作映画『ラーメンガール(The Ramen Girl)』です」
2008年公開のこの映画は、アメリカ人女性の主人公が、日本のラーメン屋の店主と交流しながら成長していく物語。その舞台となるラーメン屋として、この通りにある実際のお店が使われることになったのです。
平野(副会長): 「お店をラーメン屋のセットに仕立ててね。その頑固親父の店主役が、あの西田敏行さんでした。西田さんがここでラーメンの湯切りをしていたんですよ」
五月女(会長):「撮影にあたって、制作側から『街の雰囲気を出すために協力してほしい』と頼まれましてね。町会で持っているお祭りの提灯をずらりと貸し出しました。スクリーンに映る自分たちの提灯を見て、誇らしかったですねぇ」
しかし、ここで「なんでも協力する」わけではないのが、親栄会の面白いところです。
松本(青年部):「実は『お神輿も貸してほしい』って頼まれたんですよね?」
五月女(会長): 「そうそう。でもね、神輿には神様が入っていますから。『映画の小道具として貸すのはどうなんだ?』と町会内で大激論になりまして(笑)。結局、意見がまとまらずにお断りしたんです」
地域の盛り上げには全力で協力する。でも、守るべき伝統や精神性は安売りしない。そんな“筋を通す”姿勢があったからこそ、この街は単なる観光地ではない、芯のある魅力を保ち続けているのかもしれません。
第2章:平成の知略 〜USJチケットと「裏渋谷」の誕生〜
時代は平成へと移り変わります。バブル崩壊、そして再開発の波。街の景色が変わっていく中で、親栄会もまた、その運営スタイルを進化させていきました。特筆すべきは、その「企業のような戦略性」です。

「裏渋谷通り」の名付け親は、街のみんな
約10年前、このエリアに飲食店が急増し始めた頃のことです。
「お店の名刺や地図に書くための、わかりやすい通りの名前が欲しい」。そんな声が上がり始めました。
通常であれば、役員数名が集まって「◯◯通りにしよう」と決めてしまうところでしょう。しかし、彼らは違いました。
平野(副会長):「トップダウンで決めるのは違うと思ったんです。この街で商売をしているのは誰か? お店の人たちですよね。だから、みんなで決めようと」
元外資系保険会社勤務という経歴を持つ平野副会長 は、ここで驚くべきプロジェクトを立ち上げます。
まず、通り沿いの約80軒のお店すべてにアンケート用紙を配布。通りの名前の候補を募りました。「スネーク通り」などユニークな案も飛び出す中、候補を絞り込み、決選投票を行うことにしたのです。
しかし、ただアンケートを配るだけでは回収率は上がりません。そこで彼らが打った手が、あまりにも現代的でした。
平野(副会長):「アンケートに答えてくれた人の中から抽選で、『USJのチケットと交通費』をプレゼントすることにしたんです」
松本(青年部):「町会のアンケートでUSJ(笑)。その発想がすごいですよね」
平野(副会長):「結果、多くのお店が協力してくれて、投票の結果『裏渋谷通り』に決定しました。そして、ここからが大事なんですが、そのプロセスと結果を持って区長に報告しに行ったんです」
渋谷区長は驚きました。「ここまで徹底して民主的に、住民の声を吸い上げて決めた事例は聞いたことがない」と。
その結果、区長は即座に区の公式マップへの掲載を約束。またたく間に「裏渋谷」という名称は定着し、街のブランド価値を上げることになったのです。
防災倉庫をめぐる攻防

もう一つ、親栄会の特異性を物語るエピソードがあります。それは「不動産の取得」です。
通常、町会が土地や建物を所有することは稀です。しかし、親栄会は自前の「町会会館(兼防災倉庫)」を所有しています。
かつて、彼らは区の土地を借りて防災倉庫を設置していました。しかし、バブル崩壊後の再開発の波が押し寄せる中、立ち退きを迫られる事態が発生します。
「立ち退くなら、代替地を用意してくれ」。交渉は難航しましたが、奇跡的なタイミングが訪れました。
再開発対象となっていたある土地の地主が、「町会になら売りたい」と申し出たのです。
五月女(会長):「ステークホルダー、地主、区役所。すべての利害が一致した瞬間でした。私たちは『地縁団体』として法人化の手続きを行い、正式に不動産を取得しました」
ーー法人化まで! まるで企業買収のようなドラマですね!
五月女(会長):「小泉政権時代にできた法律を活用してね。おかげで固定資産税も免除されています。ただのお祭り好き集団じゃなくて、やるときはやる。それが神泉・円山親栄会なんです」
第3章:現代のセーフティネット 〜“おせっかい”という名の最強セキュリティ〜

「戦略」と「熱気」。それらを支えている根底にあるのは、やはり「人」です。
私たちが、東京暮らしで最も不安に感じる「孤独」や「孤立」。それを解消する鍵が、この街には残っていました。
鍵を忘れた子どもと、お蕎麦屋さんの神対応
この街に移住してきた子育て世代の山田さん(仮名)は、最初はこの街に馴染めるか不安だったといいます。しかし、ある出来事が彼女の意識を変えました。
山田さん(仮名): 「ある日、子どもが小学校から帰ってきたとき、家の鍵を忘れて締め出されてしまったんです。私は仕事でまだ帰れない。普通の子どもならパニックになってもおかしくない状況でした。でも、子どもが向かったのは、普段から家族で通っていた近所のお蕎麦屋さんでした。実は子どもが鍵を忘れたのはこれが初めてではなく、何度もそのお蕎麦屋さんを頼りに向かっていたんです。お店の方はいつも温かく迎え入れてくれて……子どもはお店でアイスまでご馳走になって、私が帰るまで預かってもらったんです。
昔のドラマみたいな話ですけど、この街ではそれが現実に起きる。お祭りやイベントで顔見知りになっていたからこそ、『あそこの家の子だ』って分かってくれたんですよね。」
河野(副会長):「私たちからすれば当たり前のことなんですよ。困ってる子がいたら助ける。昔はお互い様で、近所の子にご飯を食べさせるなんて日常茶飯事でしたから」
河野副会長は、長年「民生委員」として地域の高齢者や弱者に寄り添ってきた人物です。
「お人好しで、おせっかい」
一見、煩わしくも思えるその言葉。しかし、災害やトラブルが起きた時、何よりも頼りになるのは、高価なセキュリティシステムではなく、「おかえり」と言ってくれる隣人の存在なのかもしれません。
五月女(会長):「防災の話をしましょう。大地震が起きた時、渋谷区は『自宅待機』を推奨しています。ビルが多いから倒壊のリスクは低い。でも、いざという時、本当に一人で家にいられますか?」
親栄会では、災害時にいきなり指定避難所(中学校など)へ行くのではなく、まずは「町会の公園」に集まるルールにしています。
五月女(会長):「知らない人がごった返す避難所に行く前に、まずは知っている顔が集まる公園で安否確認をする。そして、まとまってから避難所へ向かう。そうすれば、受け入れ側もスムーズだし、何より精神的な安心感が全然違います」
顔が見える関係こそが、最強の防災。
町会に関わるメリットは、まさにここにあるのです。
第4章:令和の「大人の部活」 〜次世代へつなぐバトン〜▲子供神輿の様子

渋谷の未来を担ぐ!親栄会×近隣町会、新たな子供神輿の形
道玄坂を舞台に繰り広げられるパレード。昨年、そこで大きな注目を集めたのが「親栄会の子供神輿」です。 これまでも町内での巡行は毎年大切に行われてきましたが、今年はさらなる進化を遂げました。それは、自町会の中だけで完結するのではなく、近隣町会の協力も得ながら「渋谷の子供たちみんなで神輿を担ごう」という新たな挑戦です。
この取り組みを主導したのは、青年部の神輿統括(相談役)を務める菅沼さん。その背中を追い、現場の実行部隊として支えたのが、ガラス店を営む松本さんや、青年部副部長の若目田さんたちです。
伝統を次世代へ繋ぐ、サポートの力
松本(青年部):「これまで祭りを守り、自分たちを引っ張ってきてくれた相談役や部長といった先輩方がいたからこそ、今の活動があります。自分はその思いを形にするためのサポート役に過ぎません」
輝きを取り戻した神輿と、子供たちの笑顔
今回のプロジェクトでは、大きな後押しもありました。
松本(青年部): 「東京都の『宝くじ助成金』に当選したことで、長年使い込んできた神輿をきれいにリニューアルすることができました。先輩方が大切にしてきた神輿が、また新品のように輝きを取り戻したことが何より嬉しいです」
14〜15名いる青年部のメンバーとともに、汗を流して準備を進めてきた松本さん。新しくなった神輿を囲み、町会の垣根を越えて子供たちの笑顔を守る。そんな「渋谷の新しい祭りの形」が、ここから始まっています。
松本(青年部):「近隣の子供たちも、たまたま遊びに来た子も、みんなウェルカム。渋谷のど真ん中、109の前を子供たちが『ワッショイ』って練り歩く。それを見た時、やってよかったって心から思いましたね」
「ヘッドハンティング」される大人たち
ーー正直、町会に入りたいけど、どうすればいいか分からない人も多いと思います。昔みたいに『家業を継いだら自動加入』というわけでもないですし…?
平野(副会長):「そうですね。だから今は、私たちから声をかけることもあります。いわば『町会ヘッドハンティング』ですね(笑)」
お祭りの準備をしている時、通りかかった顔見知りに「ちょっと手伝わない?」。そんな軽いノリで巻き込んでいく。
強制もしないし、役職を押し付けたりもしない。
仕事が忙しい時は休めばいい。でも、行けば誰かがいて、くだらない話で盛り上がれる。
松本(青年部):「僕らにとって、これは『大人の部活』なんです。仕事の利害関係がない仲間と、一つのイベントを作り上げる。文化祭の前日みたいなワクワク感が、大人になっても味わえるんですよ」
五月女(会長):「渋谷らしくない、と言われるかもしれません。でも、この下町のような人間臭さこそが、これからの渋谷に必要なDNAなんだと思います」
掲示板の前で立ち止まってみよう

「町会」という言葉が持つ、古臭くて閉鎖的なイメージ。
しかし、神泉・円山 親栄会の姿は、それとは正反対の、驚くほどクリエイティブで、温かく、そして開かれたコミュニティでした。
行政と渡り合う外交官のような会長の五月女さん。
USJチケットで街を動かす戦略家の副会長・総務の平野さん。
弱者に寄り添う心優しき守り人の副会長・会計の河野さん。
そして、大人の部活として楽しみながら伝統をアップデートする青年部。
彼らが守っているのは、単なる「行事」ではなく、「この街で安心して暮らすための居場所そのものです。
もし、あなたが渋谷の、あるいはどこかの街の片隅で、ふと孤独を感じることがあったら、駅に向かう途中、街角の掲示板の前で少しだけ足を止めてみてください。
そこには、お祭りのポスターや、餅つきのお知らせが貼ってあるかもしれません。
それは、おせっかいで温かい隣人たちからの、「一緒に遊ぼうよ」という招待状なのです。
勇気を出して、一歩踏み出してみませんか?
あなたの東京生活は、きっと今より少しだけ、温かいものになるはずです。
【編集後記】
取材中、皆さんが口を揃えて言っていたのが「ここは渋谷らしくない街だ」という言葉でした。しかし、最先端のトレンドが生まれる渋谷だからこそ、こうした泥臭い「人の繋がり」がより一層の輝きを放っているように感じました。効率やコスパでは測れない「安心」と「楽しさ」。現代を生きる私たちこそ、今、一番求めているものなのかもしれません。
【関連リンク】
• 神泉・円山親栄会エリア情報: あなたも歩いたことがあるかもしれない「裏渋谷通り」。その名付け親たちの想いを感じながら歩いてみてください。
Instagram
https://www.instagram.com/s_m_shinei/
• 第18回 昭和の渋谷 写真展: 記事中で話題に出た、昔の渋谷の姿が見られる写真展が渋谷ヒカリエで開催。
公式HP
https://spae2025.studio.site/
• 渋谷区の町会・自治会加入のご案内: あなたの住む街にも、きっと素敵な「大人の部活」があります。
https://www.city.shibuya.tokyo.jp/kurashi/kurashi-joho/chiiki/town_block_association.html











