渋谷発祥の『シブヤフォント』を日本中、そして世界中へ! 磯村歩さん

2023年4月28日の「シブヤの日」に、シブヤフォントは一般社団法人として2周年を迎える。そして、翌4月29日の「至福の日」には、シブヤフォントのプロジェクトパートナーである株式会社フクフクプラスが5周年を迎える。記念日に当たるその2日間、渋谷区文化総合センター大和田8Fにあるシブヤフォントのオフィス内では周年イベント「シブヤフォント・フクフクプラス ファミリー(仲間)に感謝」が開催される。

シブヤフォントは、渋谷でくらし・はたらく障がいのある人と、専門学校桑沢デザイン研究所(以下、桑沢)の学生が共に創り上げた文字や絵柄を、フォントやパターンとしてデザインしたパブリックデータのことで、個人利用、商用利用ができるというもの。
イベントを前に、シブヤフォントの共同代表であり、フクフクプラスの共同代表でもある磯村歩さんにお話を伺ってきた。

お土産がテーマなのに、フォントを作る?!

2016年、障がい者福祉課から桑沢の講師である磯村さんに、「渋谷のお土産を作るのに協力してほしい」とお声がかかった。当時のお話を伺うと「障害者支援事業所の方と学生とのコラボで、いきなり売れる商品を生み出すのは、相当難しいと思っていた」という。

まずは学生に障害者支援事業所を訪問してもらい、何に興味があり何をしたいかを考えてもらったところ、「機織りに興味がある」「紙漉きで何かやりたい」「3Dプリンターを使って何かできるのではないか」といった意見が出たそうだ。その中に「文字で何かやりたい」というアイデアがあった。文字ならば絵柄やパターンもやってみようと可能性を感じ、いくつかの方向性で商品化に向けたデザイン化が進んだという。

その中から最終的に選ばれたのが『フォント』であった。障がいのある方が描いた文字に、桑沢の学生が手を加え、アート作品として企業や個人が自由にデータをダウンロードできるようにするというアイデアだった。施設の方々からもフォントであれば、様々な企業とつながる可能性があると支持されたそうだ。

一方で、「お土産がテーマなのに、フォントではすぐにお金にならない」と厳しい意見もあったという。紆余曲折、試行錯誤の末フォントだけではなく障がい者の方が描いた絵をパターン化し、それらを用いたさまざまな企業とのコラボ商品(タンブラーやスリッパ、Tシャツなど)が販売されるようになり、2019年にシブヤフォントはグッドデザイン賞を受賞している。


障害のある方と桑沢の学生の連携に価値

障害者支援事業所で作られた商品をデザイナーがリファインすることは全国でもよくあることだという。しかし、その方法では1施設の商品にしか効果が得られないのに対し、シブヤフォントでは渋谷区にある11施設共同でリファインできることに大きな価値がある。

また、渋谷ならではの絵柄が入ることでオリジナリティが出るとともに、共通のパターンやフォントを利用することで、バラバラの施設で作られたスマホケースやぬいぐるみ、スリッパなどの商品にも統一感が生まれ、一つのブランドとして認識されるのも大きな特徴だ。

磯村さんは元々プロダクトデザイナーとして富士フイルムでユニバーサルデザインを担当していた。その経験もあって桑沢の学生に対して、障がいのある方に徹底して寄り添うようにと伝えているそうだ。それは、障がいのある方から現場で学ぶことの方が圧倒的に多いことを知っているからこその意見なのだろう。

▲シブヤフォントの仕組み

(上イメージ参照)「デザイナーとして、見方を変えることによって価値が生まれるんです。例えば、震える手で描いたビルの絵が、一見すると傾いてるビルなんですが(原画)、そこに学生が生命力を感じるんですね。それをパターン化していく様子(渋谷の街の様子をパターン化)など、違う視点で見たときに生まれ変わっていくのがデザインの力だと思うんですね」と磯村さん。

障がいのある方の特性に寄り添い、一つの作品を共に創りあげ、企業に対して商品化提案をする。学生にとっては実社会に近いアクティブラーニングの機会となり、障がいのある方にとっては自分の描いた絵が作品として評価される。そういった過程を共に過ごすからこそ、相互理解が深まり仲良くなっていく。企業へプレゼンテーションする時も、作品が出来上がった背景を実体験として話せるから、作品の魅力が増して共感が生まれるのだと思う。

企業プレゼンテーションの際に、学生に向けてこんな質問があったそうだ。「あなたにとってこのプロジェクト、アートの価値はどういったものですか?」「障がいのある方に対しての印象はかわりましたか?」

それに対して桑沢の学生は「私にとってアートはコミュニケーションの結果でしかありません。そして、障がいといっても、結局いろいろバラバラで、障がいのある方の事がわかったというよりも、これからもいろんな障がいのある方がいらっしゃるということを、気づき続けるんだと思います」と答えたそうだ。福祉に触れることでの社会人としての学びの深さを感じる。



このシブヤフォントが何のために事業として利益を出そうとしているのかを突き詰めると、障がいのある方の工賃を向上するためだという。障がい者の方たちもどんどんと高齢化していく中で、従来のような作業効率を求めるような工賃向上策では限界を迎えつつある。だからこそ、障がい者アーティストとして制作したものに寄り添い、例え一枚の絵を完璧に描けない方でも桑沢の学生との連携で商品に採用できるまで作品の価値を引き上げられる。ビジネスと福祉の棲み分けができているのも特徴的である。

このシブヤフォントの仕組みを日本全国に展開しようと、GOTOUCHI FONT(ご当地フォント)というプロジェクトも既に立ち上がっている。こういったプロジェクトを通して、障がいのある方もそうでない方も関係なく、お互いを理解し合える世の中になっていけば良いと磯村さんはいう。

 

磯村さんにとってのアートとは

「アートとは、その人の可能性を見出し、社会とつなげていくことだと思います。障がいのある方の中には、難しい作業ができない方がいる。でもアートを描くことならばできる。上手い、下手が問題ではなく、個性がないとアートじゃない。アートはその人の個性を映す鏡みたいなもの。その人の個性が出てこそ価値が生まれると思っています。そのプロセスを通して、自分の個性って何かということを考え、自分の強みって何かを自分自身で反芻することになり、そのアートを見て他の人がアクション起こすという意味でも、自分の強みを顕在化させて社会につながっていく存在がアートだと私は考えています」

個の時代といわれるようになっても、結局、人は一人では生きていけない。つながりをどのように持ち、そのつながりの中で自分らしさを見出すことが生きる力になる。その力を引き出すのがアートの力なのかと感じた。

シブヤフォントが全国に広がり、そして世界に広がっていく様を応援していきたい。

 

◾️磯村 歩 略歴
一般社団法人シブヤフォント 共同代表
株式会社フクフクプラス 共同代表
専門学校桑沢デザイン研究所 非常勤教員/外部評価委員
1989年 金沢美術工芸大学卒業、同年富士フイルムに入社しデザインに従事。先進研究所におけるイノベーションプログラムの運営、ユーザビリティ評価技術導入などHCDプロセス構築などを歴任。2006年より同社ユーザビリティデザイングループ長に就任しデザイン部門の重要戦略を推進。退職後デンマークに留学し、ソーシャルインクルージョンの先駆的な取り組みを学ぶ。帰国後、株式会社フクフクプラス設立。2021年4月 一般社団法人シブヤフォント共同代表就任。

シブヤフォントWEB:https://www.shibuyafont.jp/
GOTOUCHI FONT WEB:https://www.gotouchifont.jp/

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