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昨今、学校の部活動は大きな課題に直面しています。教師への過度な負担や指導人材の不足等、こうした問題を渋谷区で根本から解決しようと活動する人がいます。
田丸尚稔さんは、アメリカでスポーツマネジメントを学び、現在は地域全体で部活動を支える新たな試みを進めています。しかし、そこまでに至るキャリアは意外なもので、渡米する前は雑誌や書籍の編集者という全く異なる分野で活躍されていました。メディア、部活動、そしてまちづくりと、ジャンルを超えてどう結びつくのか? 軸になるのは「編集」というキーワードでした。
今回は、渋谷新聞の3周年イベント『shibuya summit -渋谷の未来を語ろう-』にて公開で行われたインタビューをお届けします。(イベントの模様はこちら)
スポーツを通じ、暮らしを豊かに
ーーまずは参加者の皆さんに向けて、自己紹介をお願いします
初めまして。田丸尚稔(たまる なおとし)と申します。
現在は渋谷区スポーツ協会の専務理事として、中学生の部活動改革や地域のスポーツ振興に取り組んでいます。また区の教育政策に対し幅広い観点から意見を提供する役割である、渋谷区教育委員会の教育委員も務めています。少しバックグラウンドの話をすると、実は今回のイベントにも参加している橋本夏子さん(渋谷新聞スーパーバイザー)とはかねてからの友人で、編集者仲間だったのですが、およそ15年間雑誌や書籍の編集に携わってきました。その後はアメリカに渡って大学院でスポーツマネジメントを学び、研究対象であったフロリダの教育機関であるIMGアカデミー(錦織圭選手など世界のトップアスリートを輩出してきた中高一貫のボーディングスクール)から声がかかり、アジア地区の代表として現地(フロリダ州)で働いていました。
ーーありがとうございます。お聞きしたい点が多々あるんですが、まずは出版社に入り、編集者となった経緯を教えてください
テニスが元々大好きだったんです。高校時代に団体戦でインターハイに出場しましたが、フィジカル面で飛び抜けた選手ではなく、プロになるほどでもありませんでした。しかし、スポーツには「する」だけでなく「みる」「ささえる」「つながる」といったさまざまな関わり方があります。僕は編集者としてアスリートたちの想いや、そこから生まれる物語を伝える立場でスポーツを「ささえる」ことで貢献する道を選びました。スポーツの現場を取材し記事を書くだけでなく、スポーツ誌を創刊する経験を持つことで、編集スキルを身につけながら、同時に経営者視点を持てるようなさまざまな活動に携わりました。
ーーそんな中、渡米を決めた理由は何だったんでしょうか
福島出身の自分にとって、やはり2011年の東日本大震災は大きな転機となりました。当時、被災地でボランティアワークに参加していましたが、日没になると作業もできなくなりますし、危険も伴うことになるので、だいたい15時くらいまでの活動になっていました。ある日、作業が終わってから日が暮れるまでの時間に、ボランティアのスタッフと子どもたちがサッカーをして遊んでいて、とはいえグラウンドではなくボコボコの地面で、ボールも確かドッチボールを使った簡単なものでしたが、子どもたちはとても楽しそうに体を動かしてくれて……。
当時は、復興をまだまだ見通せなかったですし、いわゆるエンターテインメント的なもので現地の方に楽しみを届けようと思うには時期尚早な雰囲気というか、「泥出し」をしたり建物の壁を修復したりという地道な作業が優先順位としては高かった。人を笑顔にすることの難しさを日々痛感していた状況の中で、言ってしまえばサッカーですらない「たかがボール蹴り」が人を笑顔にしたという事実は僕にとって大きなインパクトがあって、スポーツが持つ本質的な力のようなものを心の奥で感じることになりました。
一方で、子どもたちからは「サッカーをやりたくても教えてくれる人がいない」という声を聞きました。また僕の友人にはサッカープレイヤーとして活躍していたものの、怪我などの理由で選手としてのキャリアはあきらめ、スポーツとは別の仕事をしているというような人が多くいます。そこには、何かミスマッチが起きていて、社会的なシステムに課題があるのではないか、と感じるようになりました。
子どもたちがスポーツの楽しさに接する機会を失っているのだとすれば、将来的にスポーツと関わる人が少なくなる原因となる可能性がある。部活動に少なくない課題があって、それがミスマッチを引き起こしている運営や社会システムの問題だとすれば、状況を俯瞰するためにも「スポーツマネジメント」を学ぶべきだ。だったら、その分野の研究が最も進んでいるアメリカの大学院に行こう。今思えばとても短絡的ですが(笑)、こんな思いつきで、38歳という決して若くない年齢で留学を決めました。
ーーなるほど。そもそもスポーツマネジメントとはどういった分野なんでしょうか
まず、「スポーツ」という言葉を考えると、その大きなゴールの一つは、人々の心や体、そして暮らしをそれぞれのあり方で豊かにすることだと個人的には思っています。一方で、「マネジメント」というのは、経営や管理と言えばわかりやすいでしょうか。つまりスポーツマネジメントとは、スポーツに関する経営や管理を行うことで、社会への普及や発展を目指していくものだと考えます。
おそらく日本ではプロチームのビジネスやメガイベントの運営で、資金集めやPR、集客のためのマーケティングなどを行うことが「スポーツマネジメント」という言葉と繋がりやすいと思いますが、ゴールを設定し、課題を見つけ、解決の道筋を探っていくというプロセスは、プロスポーツに限らず、例えば課題を抱えた部活動を改革していくために大事でしょうし、子どもたちへの普及活動や指導者の育成にこそ、「スポーツマネジメント」が必要ではないかと考えています。
部活動から始める街づくり
ーーアメリカでスポーツマネジメントを学び、日本との違いは感じられましたか
アメリカでは大学スポーツがとても盛んで、ビジネスとしても大きな成功を収めています。場合によってはプロチームよりも稼ぐ大学もあったりするくらいです。しかし大学は教育機関なので、学生は勉強にまずはしっかり取り組まないとそもそもスポーツはできませんし、中学、高校、大学と連携しなければならないシステム(大学時の入学条件として中学校からの学業成績が求められる)として構築されています。
日本は「体育会系」という言葉からイメージされるように、スポーツと勉強は別物で、ともすれば対立したものと捉えられがちです。一方で、アメリカの大学では「Student-Athlete(=学生アスリート)」と呼ばれていて、まずは学生であることが本分であると同時に、「文武両道」をさらに超えて「文武不岐(ぶんぶふき)」という考え方で、学習することが運動にも好影響を与え、またその逆もあるという、互いに良い影響を与え「岐(わか)れるものではない」という理念があり、素晴らしい文化だと感じました。
しかし、アメリカは私が在籍したIMGアカデミーのような特別な施設であれば、中学生や高校生が勉強はもちろん、スポーツにもしっかりと取り組める環境はありますが、すべての学校がそうではなく、スポーツは学校ではなく、校舎とは離れた地域のスポーツ施設で行うことも少なくありません。
日本はどうでしょうか。例えば渋谷区には18の区立小学校、8の区立中学校があり、言ってしまえば、区民皆さんが徒歩でアクセスできる施設に体育館やグラウンドが整備されています。児童や生徒はもちろん、学校を拠点に地域の誰もが運動する機会が得られやすい環境というのは、世界的に見ると実はとても貴重なものなんです。アメリカに渡ることで現地のノウハウを身につけると同時に、遠い場所から日本を見つめ直すことで、むしろ日本の強みを再認識することになったのは、とても有意義でした。
ーー帰国後、渋谷区で取り組まれている部活動改革とはどのようなものなのでしょうか
中学校の部活動には、顧問の先生に過度な負担がかかってしまうという問題があります。この解決策として、これまで外部から指導者を導入する動きがありましたが、全国的に人手不足が大きな課題で、コーチを確保するのがとても厳しい状況です。ただ、コーチといっても、単に競技経験を持っているのではなくて、子どもたちにとって「良い指導者」とはどういう人物なのか、考えなければなりません。そこで、まずは子どもたち自身がどのような意識を持っているのかに目を向けてみました。区立学校に通う中学生に調査をした結果、「大会で勝ちたい」というより「友達と楽しくやりたい」というモチベーションが高いことがわかったんです。
そうであれば、従来のように技術指導が上手な指導者を連れてくるだけでなく、むしろ競技経験がなくても、例えば生徒たちでキャプテンや練習内容を決めたらいいかもしれない。大人に求められるのは、スキルアップの指導力よりも、子どもたちの安心・安全を見守り、自主性を引き出すようファシリテートする力や、コミュニティマネージャーのような役割である可能性もあります。
例えば、渋谷区にもシルバー人材センターがあって、シニア世代の方が様々な仕事に携わっています。健康で活動的な、いわゆる「アクティブシニア」も多いようですが、そういった方が部活動に関わり、競技指導まではしなくとも、安全管理や見守りを通じて子どもと対話し、笑顔を見て元気になることができるのであれば、子どもたちの運動機会を作ると同時に、関わる地域人材も部活動を通じてやりがいを感じることができるかもしれません。
部活動改革と言うと、まずは指導者となるスポーツ経験者を探す、という文脈で語られることが多く聞かれますが、地域を愛し、子どもを見守りたいという方々を中心に、街全体で部活動を支える仕組みを作る。それは学校という枠を超え、地域全体でスポーツを通じた街づくりに取り組むことを意味します。学校を地域のハブにして、部活動改革を起点にしながら、スポーツをする人も、支える人も、関わる人すべてがウェルビーイングを実現できる環境を目指しています。
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渋谷の街を“編集”する
ーー現在取り組まれている部活動改革と編集者の仕事。一見関係が薄いように感じるのですが
僕はむしろ、部活動改革を通じた街づくりと編集の仕事には、共通する部分が多くあると感じています。というのも、僕は実際に、街づくりを編集的な視点で捉えているんです。
もう少しわかりやすいように、編集の仕事を「お店づくり」に例えて考えてみましょうか。例えば理吾くんがセンター街でコンビニを始めるとしましょう。お店があることに気付いてもらうためには、入口にはのぼりを出すかもしれません。寒い季節になると自分だったらあんまんをよく食べるので(笑)、「あんまん始めました」というコピーでアピールしてもいいかもしれない。でも、本当にあんまんを食べるターゲット層がそこにはいるのか、ということも考えなくちゃいけない。もっと若い世代だったらピザまんがいいのか、もっと別のPRポイントはないか。お店がセンター街ではなく、例えば幡ヶ谷にあったら、届けたい相手は変わるでしょうか。このように「誰をターゲットにして」「どういう道筋で」「どんなメッセージを伝えるのか」という視点や思考のプロセスは、お店づくりだったり、街の空間をデザインしていくことにおいて非常に重要です。
これは編集の仕事にも同じことが言えます。例えば渋谷新聞の記事で考えてみましょう。構成としては、まずタイトルがあって、イントロとなるリード文があり、その後に本文や写真が続くという構成ですよね。誰に伝えたい記事なのか。それによってタイトルや見出しが変わるでしょうし、本文もどういう道筋にして、インパクトのある写真を選んで、どこにポイントを置いて情報を伝えるか。
そう考えると、街づくりでも渋谷新聞でも、こういった“編集”という思考のプロセスが行われていることがわかると思います。部活動改革も先に伝えたように、関わる地域の人々すべてがウェルビーイングになる街づくりだとして、編集的な視点を持って取り組んでいるので、編集者としての経験や知見は根本的なところでとても役立っています。
もしかすると、渋谷新聞の編集長をしている理吾くん(筆者)は、この活動を通じて「街を“編集”する力」も身につけているかもしれませんね。加えて、理吾くんは大学で建築を学んでいると聞いていますが、。建築を考える際、編集的な視点でそこに暮らす人々や彼らに与えるメッセージを考えれば、建築のあり方をより深く追求できるのではないか、とも思いました。もしかしたら、そういう人こそ、建築や街づくりの観点から、新しい未来の学校を編集し直してくれるのかも、という期待も持ちました(笑)。
ーー渋谷新聞は今日で3周年を迎えました。ご自身の3年後の展望を教えてください
部活動改革が語られる時には、先生方の負担が大きいとか、子どもたちの運動の機会が奪われてしまうとか、ネガティブな課題ばかりにフォーカスされているような印象があります。でも僕は、そういったピンチの中にこそ、大きなチャンスがあると考えています。部活動改革を起点に、地域人材が活躍する場が増えて、街が元気になる機会だと考えると、なかなか一歩を踏み出せない人たちにも、何か明るい兆しのようなものが見えるかもしれません。渋谷区で取り組んでいる部活動改革が一つの成功事例になって、それをきっかけに全国へスポーツを通じたまちづくりの輪を広げていきたいと思います。
そのためには情報を広く伝えていくことも欠かせません。ぜひ渋谷新聞でも部活動改革を追っていただき、一緒にこの取り組みを盛り上げてもらえればと思っています。
ーー取材を終えて
今回の取材を通し、編集という言葉の持つ意味を改めて深く理解することができました。部活動という問題を学校の中だけで捉えるのではなく、地域の住民にまで広げて考えるというアプローチは、まさに編集的な手法であると感じました。今後の部活動改革の取り組みについて、これから渋谷新聞で取り上げるのが楽しみです。そして僕自身も、自分だけの視点でどのように社会を編集してゆけるか探求していきたいと思います。
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■ 田丸尚稔さん 略歴
渋谷区スポーツ協会専務理事。渋谷区教育委員会教育委員 。
出版社にてスポーツ誌等の編集職を経て渡米し、フロリダ州立大学大学院でスポーツマネジメント修士課程を修了。フロリダ州を拠点とするスポーツ教育機関であるIMGアカデミーにおいて、アジア地区代表を務めた。帰国後は部活動を通じたコミュニティ形成を研究し、博士号(スポーツウエルネス学)を取得。現在は自治体、学校等と連携しながら部活動改革に取り組む他、スポーツや教育を通じた持続可能な街づくりに携わっている。