渋谷で生まれる共創のかたち vol.11「不動産から街を動かす!渋谷の『センターピン』」小金隆二さん

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今回は、太平洋商事の社員インタビュー、不動産部門部長小金隆二(こがね・りゅうじ)さん を紹介したいと思います。
隆二さんは太平洋商事の一番の古株。入社して12年、私鈴木大輔と共に働いてきまてくれました。ビルオーナーさんとも信頼関係が深く、不動産を通して渋谷の街に関わってきてくれています。小金隆二さんを、ライターさんに取材してもらいました。

“人”こそが不動産の本質

――まずは、現在のお仕事について教えてください。
「いまは不動産売買の取引全般を担当しています。渋谷の商業ビルオーナーさんと関わりながら、相続や資産整理の局面で仲介・買取を行うのが主な仕事です。
直近では、道玄坂・円山町エリアでホテルの仲介を担当しました。インバウンド需要の高まりで、おしゃれなカフェやレストランも増え、円山町エリアも変化し、今は旅館業・宿泊業としての再生案件が増えています」

――そもそも、不動産の道に入ったきっかけはなんですか?
「僕の実家は大田区・蒲田で建築業をやっていて、父が三代目。兄が家業を継いだので、自分は“外に出よう”と思いました。最初は建築業に携わっていましたが、不動産の世界に魅力を感じて、25〜26歳の頃に太平洋商事へ転職しました。不動産はハード面で大きな役割を担い、人がハードに集まる。まちづくりの根幹に関与したいと思っています」

――当時の太平洋商事はどんな会社でしたか?
「入社当時は社員4〜5人ほど。今ほど大きくはなかったですが、地に足のついた“街の不動産屋”という感じで、そこに惹かれました。最初は商業店舗やオフィスの賃貸仲介からスタート。
当時の部長だった鈴木大輔さんとの歳の差も5つくらい。いつも現場で鈴木さんの背中を見ながら、仕事も人生も教わってきました。だからみんなが大輔さんと呼ぶけれど、私は入社して以来ずっと鈴木さんで、リスペクトの意味を込めています」

――不動産の仕事をする上で、一番大事にしていることはなんですか?
「やっぱり“人”ですね。不動産は大きな資産であり人生に関わります。自分も家庭があり2歳の子どもがいるので、人生で誰と関わるかを重視しています。オーナーさんとの関係も人生を操る一つの要素として捉え、誠実に関わることをモットーとしています。渋谷には個人オーナーの方が多くて、皆さんが自分のビルを誇りにしている。だからこそ、不動産の取引は“人生を預かる仕事”という意識で臨んでいます」

――競合も多い業界ですが、選んでもらうための工夫や差別化はどこにありますか?
「結局、仕事は“誰と関わるか”が全てだと思います。どんなに条件が良くても、信頼がなければ成立しない。オーナーさん一人ひとりの思いを受け取りながら、“この土地、この建物の未来をどう描くか”を提案することが大切。オーナーさんが大切にしてきた不動産をどう活かすか、どうその人の人生と関わっていけるかを提案する用にしています。なので、幅広い世代と接し、取引に限らず関係構築で学び続ける。オーナーさんは一回り二回り上の世代が多く、人生の歩みや価値観を引き出して学ぶ姿勢で自分を磨くようにしています」

人生は有限。出会う人も時間もすべてに意味がある。

――鈴木さんとの出会いがキャリアの転機になったそうですね?
「太平洋商事に入ったのは26歳。そこから12年、ずっと鈴木さんに影響を受けています。鈴木さんは“未来に投資する人”。どんなときも新しい挑戦を恐れず、義理を大事にして、人を惹きつける。僕もその背中を見て、30歳で独立しました。
会社を立ち上げたのは“自分も外の世界で挑戦してみたい”と思ったタイミングなんですが、鈴木さんが30歳で太平洋商事の社長になられたのを意識して、私も30歳を機に法人を立ち上げました。住んでいる品川区で事業を立ち上げましたが、太平洋商事でも引き続き、業務委託という形で関わらせていただいています」

――ご自身を一言で表すといかがですか?
「“情熱の人”ですね(笑)。やるなら徹底的にやり切る。“準備9割”がモットーです。不動産の現場では、一つひとつの出会いや提案の積み重ねがすべて。中途半端にせず、常に“相手へのリスペクト”を持って臨みたいと思っています」

――人生観もすごく熱いですね。
「“夢・理想・野望”を描き、その乖離を埋めることが仕事であり生き方だと思っています。人生は有限。出会う人も時間もすべてに意味がある。
だから、“何をやるかより、誰とやるか”を大事にして、同じ志を持つ仲間と、悔いのない人生を過ごしたいですね」

渋谷で「まちづくりのセンターピン」になる

――渋谷は隆二さんにとってどんな街ですか?
「渋谷は“真剣勝負の街”。土地の価値も高く、経済のスピードも速い。
でもその分だけ、挑戦のチャンスもあるんですよね。街づくりって、行政や企業、商店街、区民など、いろんなセクターが絡み合って進んでいきます。その中で、自分は“不動産”というハードの部分で中核を担いたい。
僕はそれを“街づくりのセンターピン”と呼んでいます」

――センターピンとは、どういう未来を描いているのですか?
「この5年、10年で、渋谷の街にとって欠かせない存在になりたい。
不動産という土台を通して、人や文化が交わる“交差点”を作りたいですね。
地元・大田区や品川でも同じ不動産業をしているのですが、渋谷で得た経験を地域に還元することも自分の使命だと思っています」

――ご自身の人生として将来の構想は?
「今38歳。あと2年で40という節目を迎えます。人生は20代で耕し、30代で育て、40代・50代で咲かせるといいますよね。だから、40代、50代の「この10年前後」が勝負。20代・30代で耕したものを咲かせ、渋谷でまちづくりのセンターピンをこの5年10年で目指していきたい。不動産を通して、街に誇れる仕事をしていきたいと思っています」

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