桜丘に香るフランスの風─「渋谷パリジャン」店主青山強志さんが語る、街とともに歩んだ半世紀

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渋谷駅から南西へ少し歩いた先、坂を上ったところにある桜丘町。渋谷の騒がしさから離れ、少し懐かしい空気を纏った町並みが広がります。
その一角に、1977年の創業以来、焼き立てのパンを作り続けているお店があります。「パリジャン」──創業48年、今では数少ない街の老舗のパン屋さんです。

長崎・五島列島から東京へ── ひとつの誘いが、人生を変えた

▲お店の奥では、2代目の政志さん(右)と早朝からパンをつくります

店主の青山強志さんは、長崎県・五島列島の出身。

「本当は田舎で店をやるつもりだったんですよ。でも、当時の同僚に“東京で一緒にやろう”って誘われてね。それでこっちに来たんです」当時を懐かしむように話してくれました。

パン職人としての道を歩き始めたのは19歳のとき。
神戸で洋菓子やパンの修業を始め、そこで本場の技を学びました。
「高校時代の友人が神戸の店で働いていて、友人に誘われたのがきっかけです。最初は『神戸ベル』というお店で修業して、六本木に出店するときに一緒に上京しました」

その後、東京・広尾の名店「ルコント」でフランス人シェフのもとで本格的なレシピを学びました。

 「フランス人の男に教わったから、“フランス人の男”という意味で『パリジャン』と名付けたんです」
──パリジャンという店名には、恩師への敬意が刻まれています。

 渋谷・桜丘という街を選んだ理由

数ある街の中から、なぜ桜丘を選んだのか尋ねると、

 「独立するときに、“東京の中心ってどこだろう”って考えてたんです。都会の中でも、ここは木造の平屋が多くて、子どもたちが走り回っていた。渋谷なのに“田舎っぽい”感じが気に入ったんですよ」

開業当時の桜丘には、まだ高いビルはほとんどなく、静かな住宅街が広がっていました。
近くには小学校があり、子ども達の登下校の声が聞こえていたといいます。

どこか故郷の風景と重なって見えたのかもしれません。今では再開発が進み、高層ビルや複合施設が立ち並ぶ桜丘ですが、少し裏に入ると、今も昔ながらの小さな店がこの街を支えています。

60種類のパンと、変わらないこだわり

「開店当初からずっと、60〜70種類のパンを焼いています」
棚いっぱいに並ぶパンは、どれも毎日お店で手づくり。
看板商品は、カレーパン、クリームパン、そしてピロシキです。

「ピロシキは昔は他の店でもよく見たけど、今は手作りで出してる店が減ったよね。うちのは椎茸や野菜が入ってるんですよ」
手間暇を惜しまず、ひとつひとつ手作りの味にこだわり続ける職人の思いがにじんでいます。

季節ごとに登場する「さくらあんパン」も人気のひとつ。
桜あんの上に桜の花がのっていて、春の香りをそのまま閉じ込めたやさしい味わいです。

「この辺りもオフィス街になって、サラリーマンの人が増えたからね。お腹がしっかり満たされる惣菜パンもよく出るし、カレーパンは子どもでも食べやすいように辛さを控えめにしている。どのパンも“品質を落とさない”ことだけは創業当初から変えないようにしているんです」

朝早くから焼き始め、すべてのパンがそろうのは10時半ごろ。
青山さんがおすすめしてくれたクリームパンを実際に食べてみたら、ふんわりとした生地の中からなめらかなカスタードがあふれ出し、やさしい甘さが口いっぱいに広がる。どこか懐かしく、ひと口でこの店が長く愛されてきた理由が伝わってきます。

2020年に改装リニューアルした現在のパリジャンですが、かつては店の一角に小さな喫茶スペースもあり、焼きたてのパンと一緒にコーヒーや焼き菓子を出していたといいます。

焼きたてのパンとコーヒーの香りに包まれながら、お客さんとの会話が弾む——そんな、あたたかな時間が、今もこの店の中に変わらず流れています。

商店会の会長として──街を支え、店を守る

現在、青山さんは桜丘の商店会「渋谷駅前共栄会」の会長も務めています。
「渋谷駅周辺には14の商店会があり、代表として渋谷区商店会連合会の会合に出たり、イベントの企画を承認したりしています」

春の「渋谷桜丘さくらまつり」、冬の「さくら坂イルミネーション」。
ほかにも、クリーンアップ活動や地域の防犯・防災活動など、街の活気を守るための取り組みが続けられています。

「昔は近所付き合いが濃かったけど、今は誰が住んでるのか分からないことも多い。だからこそ、地域のつながりを大事にしたいね」

青山さんによると、会合に参加すると50年ほど続く古い店もまだ残っている一方で、2代目が継がず、自分の代で店を閉じる人も少なくないそうです。そんな中で、そろそろ2代目の政志さんに任せてもいいかなと思うこともあるのだとか。

それでも、もうしばらくはこの場所に立ち続けたい——そんな穏やかな想いが伝わってきました。

次の世代へ──変わる街に残したいもの

今では再開発が進む桜丘ですが、かつてはどんな風景が広がっていたのか、青山さんに昔の桜丘のことを尋ねてみました。

「道玄坂や駅前の渋谷中央街は、昔から“都会”だったんですよ。でも、あの道路(青山忠靖通り、国道246号線)を渡ってくる人は少なくてね。こっちは人口も少なくて、静かで落ち着いた住宅街だった。その感じが気に入ったんです。道玄坂の人間からは“離小島”なんて言われてたけどね。面と向かっては言わないけど(笑)」

東京オリンピックの頃、青山通りができ、渋谷駅からは陸橋がかかった。
やがて駅ビルも建ち、街は少しずつ姿を変えていった。

「高いビルも増えて、人の流れもずいぶん増えたよね。でも家賃も上がって、昔からの店はほとんど残っていない。うちの近くだと、米屋さんとか、昔ながらのラーメン屋さんもあったけど、みんな閉めちゃってね」

街並みが変わり、家賃や人件費も上がっていく。
そんな中で、長く店を続けることのむずかしさを感じるという青山さん。

「パン屋も昔はこの辺りに3軒はあったけど、今はうちだけ。焼きたてのパンを買えるって、もう贅沢なことかもしれないね」

そう言って笑う青山さんの表情には、この街で積み重ねてきた年月の重みと、変わらぬ愛着が静かににじんでいました。 桜丘に暮らす人たちにとって「パリジャン」は、時代が移り変わっても、日々の暮らしにぬくもりを添えてくれる存在なのだと感じます。

渋谷の“裏”にある、もうひとつの顔

最後に、青山さんに渋谷の魅力を尋ねました。
「渋谷は裏に入ると本当に奥深いんです。個性あるお店も多いし、最近は若い人たちも少しずつ商店会に入ってきている。奥渋や代官山の方にも、面白い店が増えてますね」

渋谷と聞くと、華やかで賑やかなイメージが先に浮かぶけれど、少し裏道に入ると、人の温かさや職人のこだわりが、今もこの街にしっかりと根づいている。

変わりゆく渋谷の中で、「パリジャン」はこれからも、桜丘の風景の一部として、静かに息づき続けていくでしょう。

◾️パリジャン
住所:東京都渋谷区桜丘町13-1 カーサチェリーヒル101
創業:1977年
営業時間:7:00〜18:30頃(パンは10:30頃に全種類揃う)
定休日:土日
Instagram : https://www.instagram.com/parisien1977/

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